2011年10月26日水曜日

澳門


マカオ側の埠頭16号 から対岸中国本土のビュー。
フェリーでほんの10分の距離です。


こちらは反対のマカオ半島側のビュー。

2011年10月25日火曜日

澳門

歴史地区のランドマーク セント・ポール天主堂跡
(舞台のセットみたいでしょ。焼失してファザード部分しか残っていません)
マカオ半島には、キリスト教弾圧の時代に日本から移り住んだ日本人たちの痕跡や・・・
海外貿易の拠点だった痕跡が・・・・



道教に伝わる航海の女神が祀られた廟には、1カ月燃え続けるという線香が吊されています。

 

ポルトガル領土だった痕跡も・・・

(ポルトガルから運ばれてきた装飾タイル・アズレージョのタイル:民政総社にて)

2011年10月19日水曜日

ライスフィールド Rice field in Kaiping (Canton)


田んぼ・・というより、”ライスフィールド”と呼びたくなる風景です。
広東省開平(カイピン/kaiping)。
この辺りは二毛作。水源が豊かで、畑の中に人口の池を作って田鰻や海老、鯉などを養殖していたりもしているようです。

* * * * * 

広州から南西へ160km。広東省の中南部にある開平市。世界各地に暮らす華僑三千万人、その1割がこの辺りの出身なのだそうです。

広大でのどかな農村に、なにやら似つかわしくない建物ですが、清代中期、社会的な混乱期、防犯と水害へ備えるために楼閣(diaolou)が作られ、清代後期になると、海外に移民となり成功した人達が故郷に送金したり戻ってきて西洋の様式や文明技術を取り入れ建てたものだそうです。
共産党政権成立後は、居住者の殆どが海外に移住したため多くが廃虚になっているそうですが、営みのある一角も・・・。2007年には村落と建物が世界遺産に登録になりました。





赤坎鎮 ( Kaipei in Canton)







同じく開平市の赤坎鎮にある明代からの街並み。
当時は「文化住宅」だった!??

お昼ごはん (Lunch at Kaipei)



「食は広州に在り(食在広州)」なんて言われる広東省の食文化も、その黄金時代は1920年代になってからのことなのだとか。世界各地で成功を収めた華僑たちの冨が反映された時期と重なります。)))

そんなモダンなイメージからはほど遠いですが、開平の家庭料理(写真)です。

この日の定食メニューは・・・ 
・黄鱔飯(ホアンジャンファン) 田鰻の炊き込みごはん
・腐乳炒菜(フゥーツォウツェイ) 白腐乳を使った青菜炒め(空芯菜?)
・蓮根の煮物
・豚肉の照り焼き(揚落花生と共に)
・里芋とずいきの豆豉煮
・青梗菜のスープ
・(写真外)スターアニスの陳皮かけ

一見地味なのですが、コレがどれも本当に美味しい(!)。
日本の家庭料理にも取り入れやすい物ばかりなのに、どこか「この味、出せるかなぁ・・」と思わせる何かがあります。
あの竃でも、こんなお料理が作られていたのでしょうか)))。

*田うなぎは、田の畦、 川や湖沼などで取れるどじょうのような小振りな淡水産の魚。
旬は夏・・らしい。


竃 



開平のちょう楼内にあるキッチンです。中華鍋用の竃が2〜3口ついた竃が・・・。

一夫多妻制が当然だった頃、財力のある家長には、第1婦人、第2、第3、第4婦人・・と、複数の妻がいて、各階をもらって住んでいたようですが、各自自分の台所を持っていたところが面白い。
非常時には、少しでも多くの食事を賄えるようにという配慮でもあったとか。
ヨーロッパから取り寄せたタイルの床(写真下)、当時はさぞやモダンだったのでしょうね。))




壁にお箸が立てかけてありました。
お茶碗と、お箸があれば・・・食事風景までは欧米式とはいかなかったでしょうか。

陳皮 (Chinpi)


開平市のあちこちの露天で見かけた「陳皮」。
温州みかんの皮を干して何年も置いたもの。「陳」は「古い」という意味。

主に理気剤(気巡りをよくする)として漢方薬や料理に調合されますが、コレ、古いほど香りがよいのです。

手前は遠年陳皮(売り場では「25年モノ」と書いてありましたが、ホントかな〜〜??)、奥は、実家の庭で取れたミカンの皮を私が干して置いているもので、まだ3年足らず。
あと何年かしたら、手前の陳皮のように、黒々とした色になっていくのでしょうか??
只今気長な実験中です。

それにしても、ふしぎなのは、古くなってくると、ふわっ〜と甘い香りが出てくること。
みかんの実ではなく花に近い香りです。

開平の観光スポットにあったものが、あまりに黒々としていい香りだったので、少し買って帰りました。ガイドさんに「こんなものを買う日本人は初めてですよ」と言われてしまいましたけど、笑えるほど安いのです。
まあ、客観的に考えたら、コレって生ゴミのリサイクル。安いのも頷けますが(苦笑)。

先述の田うなぎの炊き込み御飯にも陳皮を使ったりするようです。

2011年10月15日土曜日

ごはん

私達は、朝食がトーストとコーヒーでも「朝ごはん」と呼び、「朝ごはん食べた〜」なんていいます。(あ、「モーニング食べた〜」とおっしゃる方もいらっしゃる!?)
どんなにパスタが普及しようと、お手軽パンが定着しようと、お米文化なのだと確信します。

ズシンと胃の腑に沈む感じが「食べた〜!」という満足感と安心感を与える。スナックではそれは得られないのよ・・・と、日本中医食用学会の副会長・理事長をしておられる中村きよみ先生のお話し。
お腹が空いて帰ってきた時、おやつは「おにぎり」が一番なのだそう。
別に特別用意しなくても、いつもちょっと一握りの残りごはんと海苔があれば・・・。
そんな「おやつ」で大きくなったと、70代にして、艶やかな健康美を保たれている中村先生。 実践に基づくこんなお話、どんな理論より、説得力があります。

食育は、子供が学ぶことではなく、おかあさんの観察力、洞察力を磨くこと。
子供には、この "ズシン" の感覚をしっかり与えていればいい。満足感と安心感が得られれば、切れる子供にはならない。
そんな趣旨のお話しが、なんだかとても懐に落ちるのでありました。

1本の点滴よりビタミン剤より、「もうひと口」のごはんですよ! と、内科医のお医者様のお話もリフレインします。
食べるチカラが治癒力をも引き出してくれるのかもしれません。

稲作が日本に伝わったのは、紀元前3千年頃。5千年以上も生きる糧であり続けたごはんは、私達の体内に絶妙な酵素バランスを作り、遺伝子に組み込まれているのかも知れません。
化学では語り尽くせないチカラがまだまだ・・・沢山あるように思います。

ちなみに、お米は、氣を養い、体を益する食べ物。帰経は脾胃、胃を立て直し、精神不安、イライラにもよいと、食医の見地からも言われています。(今更何を言ってる・・と言われそうですが。)
ストレス社会に生きる日本人を支えてくれるのも、ごはんかもしれません。

新米の季節、ごはんは一番のご馳走たり得る・・・!

奥出雲・仁多米のぎんしゃり♪
新米の季節、玄米食をなさっている方が、コレで挫折した・・・
というお話し、よく聞きます(笑)。                  

2011年10月3日月曜日

10月の料理教室


     10月のお料理
     ・Welcome drink: 桂花酒醸
     ・蟹と銀耳のスープ
     ・花巻2種
     ・香醋紅麹とろり煮
     ・桂花白玉
     ・今日のお茶:雲南七子餅茶(生茶vs熟茶)


今回のテーマは秋の美肌ケア。
気・血・水(津液)のバランスを調える御膳です。
エッセンシャル食材は・・・・麹、麹、紅麹・・・そして、銀耳と桂花醤。
先日収穫して作った桂花醤をふんだんに使い、秋の香りを楽しんで頂きます。
モンゴルのバター茶などにも使われる雲南七子餅茶(熟茶)も、麹菌を付けて後醗酵させたお茶。トリプル麹の麹尽くしになりました。