2019年6月12日水曜日

NHKカルチャー 「腸活」薬膳

今期は、五行説で説かれている臓腑の関係にある心(脳)と小腸の関係を、現代の科学の視点と併せて紐解いて行こうという試みをしています。

腸の健康の大切さ、多くの方が実感をもって興味を持ち始めている今日この頃。
薬膳的に「腸活」するにはどんなことが出来るだろう??

そんなことを考えながら、いろいろ本を読んでみています。

本日教室で、紹介したご本はこちら。時のテーマ故、本屋にも沢山の本が並びますが、これら、なかなか読み応えがあります。
   ↓

●『腸を鍛える』〜腸内細菌と腸内フローラ
 光岡知足 著
 - - - - - 「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」の名付け親、腸内細菌学のパイオニアにして世界的権威の著者が、ヨーグルトの正しい摂り方から「便移植」まで、優しく解説。

●『腸と脳』
   原題 : “THE MIND - GUT CONNECTION”
 エムラン・メイヤー 著 高橋 洋 訳
 〜体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか〜
 - - - - - 内臓感覚は強し。体内の会話はいかに貴方の気分や選択や健康を左右するか。
腸と脳のつながり、腸内微生物がかわす緊密な情報のやり取りが心身に及ぼす影響、栄養や腸内環境の異変と疾病の関係についての最新知見について。

●『おしゃべりな腸』
 原題 : “DARM MIT CHARME”
 ジュリア・エンダース 著  岡本 智子+長谷 川圭 訳

 - - - - - 「腸の声」を聴きなさい。ドイツのミリオンセラー健康書。
腸がわかれば、自分がわかる! 若い女性がウンチのこと、トイレのこと、いろいろ語ります。

●『あなたの体は9割が細菌』
〜微生物の生態系が崩れはじめた〜
 原題 : “10% HUMAN”
 アランナ・コリン 著 矢野真千子 訳

 - - - - - 人にとって「ふつう」でないことが増えた「21世紀の病気」とは。
    第3章「腸と脳はつながっている」と、ズバリ!


私も50代。人生下半期を迎え、根本からの健康管理について、知識の更新の為に学びなおしています。 

いや、読み始めたら、単に面白くて頁がめくれますよ♪


2019年6月9日日曜日

火鍋


陰陽に整えられた、2色の鍋。
巷では「火鍋」と呼ばれていますが、本当の名前は「鴛鴦鍋」。
白湯スープと辣油や唐辛子がたっぷりのピリ辛スープベースの二種が用意され、この2つを調合したり交互に食べたりして楽しむお鍋。
火鍋とは、写真(↓)のような、煙突付のこのお鍋のことなのです。
(この煙突の下には、熱源の炭をいれ、炭の熱量に合わせて具材を調理していきます。)
神田・龍水楼にて

こちらは、日本のしゃぶしゃぶの原型にもなっている「涮羊肉」という北京料理で、水炊きのような形式で沢山の薬味と共に供されます。
このお鍋は、清朝の宮廷料理としても取り入れられていて、愛新覚羅浩さんの著書『食在宮廷』でも「十錦火鍋」(10種の材料をいれた鍋もの)として紹介されています。

教室では、こちらではなく「巷の火鍋」の方の、ピリ辛ベース版をご紹介したというわけです。 ちょっとマイルドに仕立てましたが、発汗力は十分!  皆さん汗を拭き拭き、〆の水餃子まで、しっかり頂いてました。

龍水楼の、炭火を使った本当の火鍋も、是非食して頂きたいなあ)))。


 

2019年6月3日月曜日

カレーリーフ

Curry Leaf
南インド料理やスリランカ料理に必須のハーブ、カレーリーフ。
葉っぱの香が既にカレーだから、驚かされます。
「カレー」なんだけど、カレー粉では代用できない独特の風味があるカレーリーフ。
南国の子なので、なかなか育てるのも大変です。
一昨年の秋口にウチの子になった苗は、その後半年ずーっと新芽を出さずにおりましたが、猛暑を迎えてただ一人、元気いっぱいになり、次々と葉を出し始めました。
故郷の太陽を思い出したのね・・・!
そして今年も枝分かれしていい駆け出しです。
なんと、小さな花を付けているではありませんか!
花も、カレー風味だ〜〜〜w


ところで、インドには「カレー」という言葉はないのをご存知でしょうか?

カレーという呼び名は、旧宗主国のイギリス人がインドの煮込み料理を「カレー」と認識し、呼んだ名前で、現地の人にとっては「カレー」は、サンバルであり、コルマであり、ダール等といった個々違ったお料理なのです。
只し、タミル語に、「食事」、「おかず」を意味する「kari」という言葉があり、それが英語で「Curry」と表記されるようになったといわれています。

多種のスパイスを色々にブレンドしてカレー粉が作られるけれど、あのブレンドは、インドを植民地としていたイギリスが発祥なのでした。
なるほど、イギリスのスーパーに行くと、カレーのブレンドスパイスが沢山ありましたっけ。観光地ロンドンのど真ん中にあるMarks & Spencer でも、1、2回分ずつにパックされたカレー粉が「挽肉のカレー用」「ジャガイモカレー用」「シーフードカレー用」なんて風にずらりと並んでおいてあります。
いずれも、インドのものよりずっとマイルドで、ご家庭のカレーには使いやすいかと思います。

そんな訳だから、当然このカレーリーフも正式名称ではない訳でして、ちょっとググってみたら「ミカン科のゲッキツ属」(柑橘の一種)とありました。
ちなみに、6年前に訪れたスリランカでは「カラピンチャ」(シンハラ語)と呼ばれていました。タミル人の多い南インドではタミル語でカリヴェンプ、ヒンディー語ではキトニムと呼ぶそうです。

多民族多言語国家のスパイシーなお料理を「カレー」でくくっては申し訳ない気がしてきますが、当のインドの皆さん自ら、外国人にわかりやすい「カレー(カリー)」と呼んで、それでカレーが益々広がり愛されることを願っているのですから、まあいっか。


フレッシュリーフでつくるサンバルスープ、楽しみだなあ))))。


2019年5月22日水曜日

ポルトガルのお菓子(おまけ)〜鹿児島の郷土菓子〜

先日、久しぶりに、鹿児島へ行ってきました。
鹿児島は、母の故郷。幼少期、祖父母や叔父、叔母、従姉妹達と沢山遊んだ地です。
庭を駆け、竹とんぼを飛ばし、池でカエルを釣り(南瓜の花で釣れるのです!)、山道を探検して歩いた思い出の地。)))

祖父母はもう他界して、その景色も町の様子も随分変わってしまいましたが、懐かしい味や匂いは、記憶の深いところに刻まれているようです。
だから、観光よりもつい道の駅めぐりをしたり、ドライブで過ごして終わってしまうことが常なのですが、今回は、鹿児島市内を観光目線で歩いてみました。

市内にはあちこちに、鹿児島が産んだ逸材たちの銅像が。
大河ドラマ『西郷どん』に出てくる人材は、殆ど加治屋町(現在は鹿児島中央駅からほど近いエリア)の出身。
駅前から桜島行きのフェリー乗り場のある港まで(2−3キロ)を歩き、またそこから仙巌園(島津のお殿様の別宅で、研究所として使っていたところ)まで(2−3キロ)も体感できました。

 1543年、種子島に鉄砲伝来。
 1549年、キリスト教伝来。

そんな風に、小・中学校の日本史の教科書に出てきたけれど、その真意を悟るのは、随分後のことだった気がします。そして、沖縄(琉球)や、中国(明)を同じ視野に加えることが出来るようになった今、さらに深い感慨をおぼえます。

鹿児島市の中心地、斉彬公が祀られている照國神社から数百メートルのところには、フランシスコ・ザビエルの記念碑が、その向いには、随分モダンなイエズス会教会がありました。

ザビエル碑:アーチの内側にはイエズス会のマークが。

改めて、鹿児島とは、そういうお土地柄なのですね。)))

そんなことをつらつら思いながら、鹿児島のお菓子を振り返ってみると・・・。

お餅のお菓子も色んな種類があるのですが、餅生地とあんこを一緒に練り混ぜた中国的な製法のものが目に付きます。軽羹で有名な明石屋の商品「春駒」という餅菓子やけせん団子もそんなタイプの餅菓子です。
また、煎り米の粉と砂糖を合わせた煎粉餅にも、ちょっと共通点を感じます。
高麗餅は、米粉と小豆粉を合わせてふるいで落として蒸したお菓子。素材は素朴なのに、軽羹と同じく随分と洗練された印象のお菓子です。
それから、南蛮由来のカステラは何故か鹿児島の名物にはならなかったけれど、ボーロはあります。

こうしてみると、素朴ながらなかなか個性的な鹿児島のお菓子たちなのでした。


高麗餅(明石屋)
けせん団子
黒糖入りのボーロ






2019年5月20日月曜日

6月の料理教室

梅雨入り間近!

「天人合一:人間は自然の一部。人体にも自然環境と同じ現象が起こる」ことを、この時期実感します。
むくみ、倦怠、冷え、頭痛・・・・これらは、湿邪による症状であることが多々あります。湿が苦手な胃の不調も要注意の季節。

運動してスカーッと汗でもかくとスッキリすることもありますが、雨がちだと運動不足にもなりがち。

こんな時、ちょっとスパイスのチカラを借りましょうか。


今月のお料理は、スパイシーチャイニーズ。

この時期こそ、いわゆる「火鍋」です。
「いわゆる」と言ったのは、今どき巷で「火鍋」とよばれている辛い赤とマイルド白湯スープの2色の鍋は、正確には「おしどり鍋」と言って、「火鍋」というのは、煙突があるしゃぶしゃぶ鍋のことをいうのです。
6月は、しゃぶしゃぶではなくピリ辛の鍋スープ。

停滞しがちな気血水を、スパイスの巡らせる力で、解消しましょう♪

ピリ辛鍋に使う辣油も、作りまーす!
お楽しみに!!


   内容:
    ・茄子のスパイシー焼き
    ・スパイシースープ鍋
    ・〆の麺 or 緑豆ごはん
    ・羅漢果のデザート
    ・美味しい中国茶 & 沖縄or鹿児島のお茶請け
    *自家製辣油

   日時:2019年 6月5日(水)満席
              8日(土)
              9日(日)満席
             22日(土)残席わずか
             28日(土)※28日は一部料理内容が異なります。


※尚、NHKカルチャーは、スパイシーな腸活メニューです。


   

2019年5月16日木曜日

ポルトガルのお菓子 3 



マカオの城塞ホテル Pousada de Sao Tiago


(2)のつづき。

ポルトガルから割譲されたのは、北アフリカのタンジール(タンジェ)とインドのボンベイ(ムンバイ)。 1662年のことです。

マカオにあるポルトガル料理のレストランの名前で「アルフォンソ」というのがありましたが、丁度この頃のポルトガル王(キャサリン王妃の弟さん)の名前もアルフォンソ(2世)です。 ヨーロッパでは同じ名前の王様が何人もでてくるので、違う時代のアルフォンソかもしれませんが。

中世ヨーロッパの歴史に出てくる名前って、国を跨いでのお輿入れや王位継承などで、お国の言語に合わせての読み方が変わるので、混乱させられます。)))
英語名のマイケルがミシェルだったりミゲルだったり、カールがカルロスになったり、フィリップ  → フェリペ、ヘンリー  → アンリ、エンリコ  → ハインリヒ・・等々。
だんだん誰が誰だか解らなくなってきちゃうのです。
ちなみに、キャサリン王妃のポルトガル名は「カタリーナ」。
また、国の呼び方も国境も、当然ながら今のものとは異なります。例えばこの頃のスペインはまだスペインではなく、その中核になった国の名前「カスティーリャ王国」でした。

あれ!!!?
この名前、カステラに似てます!

実は、カスティーリャで作られたお菓子がカスティラ(カステラ)なのです!
カスティラとは、城郭のこと。当時ムーア人(北アフリカのイスラム系の人)の侵略を防ぐために沢山の城塞が作られていたので、城塞の町という意味で、そのまま地名になったのだとか。

※スペインの世界遺産グラナダのアルハンブラ宮殿:アルハンブラとは、アラビア語で「赤い城塞」という意味なのだそうです。イベリア半島は一部、8世紀頃からずーっと、ウマイヤ朝に始まり最後のナスル朝(1492年)まで、複数のイスラム王朝に支配されてきました。
アルハンブラ宮殿は、この間の異なる時代の城塞や宮殿で構成されている建築物の複合体なのでした。
イスラム勢力を撤廃し再びキリスト教徒が征服しようという運動のことをレコンキスタといい、1492年はその終焉とされています。

あれれ、ではカステラは、スペインのお菓子ってことになりますか??
ポルトガルも、スペインに併合されていたことがあったし、文化に垣根は無いと思います。きっと、イベリア半島のキリスト教徒の国々でブレイクしていたお菓子。
スペルをチェックしてみると、カステラ(Castella)、カスティーリャ(Castilla)、 城郭を指すラテン語はCastra 、英語でお城のことを、 Castle (キャスル)。

カステラが城郭ケーキだったとは!! 
私には、パン・デ・ローだった以上に驚きです。 

おっと、カステラは、「1」で取り上げたブロアカステーラのことでした。
あの小さくて丸っこいのは、城塞の石垣のイメージだったりして??

想像は膨らみますが、そろそろティータイムにしましょう。
カステラ、カステラと言ってると、カステラが食べたくなってきました。
運良く手元には頂き物のカステラが♡

日本のカステラ。あの姿形は、堂々和菓子!(・・と思う。)
だからカステラを食べるときは、煎茶を淹れがちなのですが、キャサリン・オブ・ブラガンザ(カタリーナ・ポルトガル王妃)のお話をしたので、今日は紅茶を淹れることにします♪




2019年5月13日月曜日

ポルトガルのお菓子 2

※ゴメンナサイ!写真は、楽天のネット販売・商品の写真を拝借しています。


16世紀から17世紀に掛けポルトガルから日本に伝わったお菓子たち。

カステラ(Pão-de-ló / パン・デ・ロー)、ボーロ(Bolo/ボーロ=「ケーキ」の意)、金平糖 (Confeito / コンフェイト)、カルメ焼き(Caramelo / カルメラ)、飛龍頭(フィリオース/Filhós)、鶏卵そうめん(フィオシュ・デ・オヴォシュ / Fios de Ovos)、ビスケット(ビスコット/ Biscotto)。
それから愛媛・松山の一六タルトも、実はポルトガルにルーツがあるらしい!

ポルトガルには、Torta de Azeitao(トルタ・デ・アゼイタオン)と呼ばれるロールケーキがあるのだそうで、一六タルトが一六ケーキと言わずタルト(トルタ)になっているのはその名残。ジャムが柚子餡に代わり、すっかり日本の顔になったお菓子。
    ※参考:『世界の郷土菓子』林周作 著 /『世界のお菓子』鈴木文 著

飛龍頭が、元祖はお菓子だったというのも意外な驚きですが、「揚げ物」がまだ珍しかった頃伝わった揚げ菓子がいろいろに派生した!?と捉えると、どうにか腑に落ちます。

それから・・・カルメ焼き(カルメラ)という名前には、「砂糖を焦がした(カラメライズド)」ものであることがわかりますが、カルメ焼きは、砂糖を煮詰めて色づき始めたところに重曹を加えて作ります。砂糖にバターやミルクも加わると、1粒300メートル(森永キャラメル)のキャラメルに!?? 

お菓子のルーツが気になるけれど、調べるのは一筋縄ではいかないでしょう。知っている知識を繋いでしまうのは少々乱暴かもしれませんが、推理を交えて想像を膨らませています。

さて、砂糖のお話を少し。
12世紀に砂糖の精製技術が発明されたころ、世界でお砂糖は、金銀と同じぐらい貴重なものだったといいます。それから400年、この頃には既に白砂糖が世界各地に出回っていましたが、その量は、まだまだ稀少。砂糖の白色と稀少さには、甘さ以上の神聖さも加わったといわれます。郷土菓子と繋がる修道院などではその白さと甘さのもつ魅力を利用して信者を増やしていったのかなー。

ポルトガルの王女キャサリン(カタリーナ)・オブ・ブラガンザ(1638-1705)*は、イングランド王チャールズ2世に嫁ぐとき、ポルトガルが手にしていた北アフリカやインドの植民地の一部と持参金に加え、沢山の砂糖とお茶を持ち込んだといいます。
キャサリン王女がイングランドへ嫁ぐ少し前まで、ポルトガルは一時スペインに併合されていた時期がありました(1580~1640年)。ヨーロッパの、複雑なパワーバランスの状況下、ポルトガルはイングランドとの良好な関係が必要で、これは友好の証しの輿入れだったという訳です。だからこの持参金は、さぞや気合いが入ったものだったはず。
チャールズ2世は、これらに大変ご満悦だったとか。

この時割譲された植民地が、後に7つの海を征する大英帝国の繁栄の原点になるのかと思うと、この結婚はイングランドにとっても転機だったといえるかもしれません。

王妃となったキャサリンは、持参した紅茶と砂糖で王侯貴族をもてなし羨望を集め、紅茶交流に紅茶外交。ここから、紅茶の国イギリスが始まったのです。
キャサリン・オブ・ブラガンザは、イギリスに喫茶文化もたらした人物としても、歴史に名を残しています。


キャサリン・オブ・ブラガンザの持参金等については、『イギリスの王室』石井美樹子・著 参照。 


2019年5月11日土曜日

筍 (2)





Q1.筍のえぐみ成分はなんでしょう!?

Q2.何故、糠や唐辛子を加えて茹でるのでしょう??



A.
この二つの質問は一つの回答でカバーできます。

えぐみ成分は、①シュウ酸と②ホモケンチジン酸です。
シュウ酸は、竹に成長すると無くなる物質ですが、筍には含まれていて、過剰摂取は結石の原因にもなるので要注意。
結石の予防には、カルシウムと組み合わせて食べることを心掛けるとよいでしょう。
そもそも筍を最初に米糠と鷹の爪を加えて茹でるのも、米糠のカルシウムがエグミと結びついてくれ取り除くことが出来るからです。エグミ抜きした筍を、カルシウムを含むワカメと共に食べる「若竹煮」は、理にかなった食べ方ということにもなります。
ちなみに、米糠と一緒に加える唐辛子は、糠臭さを消すのに役立っているのだとか。

ホモケンチジン酸は、筍に含まれるチロシンが酸化してできる物質で、同じく米糠や重曹などのアルカリで取り除く殊が出来ます。
チロシンは、非必須アミノ酸の一種で、必須アミノ酸の一種であるフェニルアラニンから合成されます。アドレナリンやノルアドレナリン、ドーパミンなどの神経伝達物質の原料でもある他、代謝や自律神経の調整を行う甲状腺ホルモンや、髪の毛や皮膚の黒色色素であるメラニン色素の原料でもあります。
メラニン色素の原料!?と聞くと、シミやそばかすの原因では?と不安になるかも知れませんが、メラニン色素はそもそも肌を紫外線から守る働きをする物質です。
逆に不足すると、白髪の原因にもなります。何より成長を促す甲状腺ホルモンの材料ですので、成長期には大切なのです。
何事も、ほどほどに頂くのが鉄則ということなのでしょうね。)))

尚、チロシンは、少し苦みを感じさせる成分です。実は、バナナやアボガド、リンゴなどにも含まれているんだそうです。

それにしても、人間はいろんなことを思いつくものです。
アク抜きなんて、何をきっかけに気が付いたのでしょう??

人体の防御システムでもある味覚が、NOを突きつけたものを、それでも食べようと工夫した所には、どんな食べなくてはいけない状況があったのでしょう??
生き抜こうとガンバッテ来た人類の様々な食の工夫に思いを馳せると、あ〜有り難や!
グルメ時代は飢餓時代の賜物のようにも思えてきます。





2019年5月10日金曜日

筍 (1)



今年は筍が少ない!

蜜柑や梅など、野菜や果物には、表の(沢山稔る)年と裏の(少ない収穫)年があるということは、体験的に知っていますが、「雨後の竹の子」などと表現されたり、その繁殖力は嫌われるほどの竹ーー筍にも表裏があるのでしょうか??

毎年堀たてを直ぐに茹でた柔らかくてえぐみのない美味しい筍を沢山送ってもらっているので、表も裏も感じること無く過ごしてきましたが・・・
「今年は筍が少ない!」という声を、あちこちで耳にします。

楽観的に構えて今月のNHK教室のメニューに加えていた「筍団子」。
12ヶの筍団子には、ゆで筍が1kg必要なのに、厳しい状況になってしまいました。

あちこち探し回って、当日入荷のフレッシュな筍を6本ゲットすることが出来ました。
ほっ)))。

筍は、時間が経過すると直ぐにえぐみが出てきます。
だから店頭で購入するものには、えぐみのリスクがあるということです。
筍不足の今年、先月下旬に初めて店頭のものを恐る恐る買って、米糠と一緒に炊いてみましたが・・・その分はちょっとえぐかった(涙)))。

この度、時間も無くて、ドキドキしながら茹でましたが、この6本はセーフで、2度目のほっ・・・)))。

そんなこともあったので、授業は筍のえぐみの科学談から始めました。


  Q1.筍のえぐみ成分はなんでしょう!?

  Q2.何故、糠や唐辛子を加えて茹でるのでしょう??


  答えは次回(^_-)-☆


筍団子、木の芽の風味のお出汁だけであっさり食べてもらいたいので、つなぎは片栗粉と卵だけで作ります。
ボナペティ♪







2019年5月5日日曜日

ポルトガルのお菓子(マカオ) 1

食談儀へ入りたいと思います。

ポルトガルといえば、やっぱりお菓子のお話から。日本にも浸透しているカステラや金平糖、ボーロなど、これら皆ポルトガルから伝えられたもの。

植民地からもたらされる砂糖やスパイス、果物などで、お菓子文化花開いていた欧州から、キリスト教と一緒に伝えられたお菓子達。甘いものでまずは胃袋を掴んで、布教活動ということなのでしょう。当時、織田信長がキリスト教の布教を容認したのは、宣教師、ルイス・フロイスが献上した金平糖が美味しかったから・・・なーんてことがあったかどうかは解りませんが、大いに好奇心をそそられたことでしょう。

ポルトガルのお菓子、まずはカステラから。

カステラの原型は、パン・デ・ロー(PÃO DE LÓ)というカステラよりもふわふわしたケーキです。 では「カステラ」という名前が指すモノはどんなお菓子なのでしょうか?

「ブロア・カステーラ(Broa Castelar)」というお菓子が、マカオにありました。
カステラという名前の方のルーツは、こちらのお菓子ということです。
アーモンド、オレンジ、ココナッツ、蜂蜜、卵、スウィートポテトの餡には、ほのかにシナモンが香ります。
餡の密な濃さと、油脂と小麦粉の皮の感じが、ちょっと月餅のニュアンスにも近い。だから月餅好きの私はこのお菓子を直ぐに気に入りました。紅茶の気分の時も、中国茶が飲みたいときにも、どちらにもフィットする懐の深い美味しさ♡。お菓子の中の西洋と東洋両方のニュアンスを持つ魅力的なお菓子です。
マカオのブロア・カステーラ
カステラの名前の由来については、ポルトガルの歴史に触れた後で追記することにします。

今日はもうひとつ、ブロア・カステーラと印象が重なる琉球菓子をちょこっとご紹介しておきます。



「桔餅 / 橘餅(きっぱん)」

『琉球菓子』安次富 順子著より「きっぱん」
桔餅(きっぱん)は、三百年ほど前に中国の福州から沖縄に伝えられたといわれています。
『琉球菓子』(安次富順子・著)によると、18世紀初頭までは中国からの琉球王国へのお土産として取り扱われていたお菓子だそうですが、やがて琉球でも作ることが出来るようになり、琉球菓子として定着していったといいます。

ブロア・カステーラと、ちょっと似た印象なのですが、こちらは元大陸のお菓子で、ブロア・カステーラはポルトガルのお菓子。
地球の反対側に、あるいは反対側から伝わった・・・ということは、ちょっと考えにくい気がします。歴史を鑑ると、用の東西を問わず、人間は何千何万キロ離れて同じようなものを同じような時期に考えていたりすることが多々あるもの。誰かが伝えたとか、どちらが先かということではなく、お菓子にもそんなことが起こったのかもしれません??


琉球菓子や鹿児島のお菓子には、明らかに中国や韓国から伝わったらしき気配がムンムンするお菓子が多いですが、ボーロやカステラは、時代も少し下りポルトガルから伝わったもの。
この時代の琉球や鹿児島のお菓子もあわせて見ていきたいものです。


さて、久しぶりに、きっぱんを取り寄せ、“ニュアンス” を味わいましょうかね♪


ポルトガルのお菓子 (マカオにて) 序文




大型連休直前、香港&マカオに行ってきました。
今回は、旅行のお仕事絡み故、ほとんど自由がきかず・・・。
なので、代わりにここらで2009年以来折々に旅して拾い集めてきたことをついばんでブログに書いてみようと思います。

マカオ訪問の機会が巡って来る度に、光景や空気に、うねりのような変化を感じてきました。
特に香港サイドの深圳の発展ぶりや、マカオサイドの珠海地区や橋で繋がる島コタイ地区の変貌ぶりには驚かされっぱなしです。世界遺産となっているポルトガル領時代の街並みを辛うじて温存しつつも、カジノタウンとしての様相には益々拍車がかかっている模様。
そして昨年秋には遂に、香港—マカオ間55kmもの海上に港珠澳大橋が開通('18年10月23日)。これぞ「富める中国人の為の、カジノへの架け橋w」。
いやぁ〜〜、スゴイ・・!)))

阿媽(海の安全を守る神様、媽祖)の湾(アマガオ) → マカオ。
この名前の由来が物語るように、今やラスベガスと肩を並べるカジノ街も、欧州が大航海時代を迎える15世紀までは、小さな漁村の集合体のような所だったのです。
15世紀以降、世界の大きなうねりの中、西洋と東洋の中継地として、小さいながらも政治、経済、歴史上、重要な役割を果たしす場所として発展してきたのでした。

バスコ・ダ・ガマのインド航路発見(1498年)を機に、欧州列国がアジアへやって来るようになりました。その中でも留意すべきは、カトリック・イエズス会のアジアへの布教活動です。
この時期、ヨーロッパでは、カトリックの権威が揺らぎ、宗教改革の動きが起こっていました。そんな中でカトリックを盛り返そうと興ったのがイエズス会。航路の発見と共に広がる新しい世界への布教へと乗り出した。。。
日本史でお馴染みのフランシスコ・ザビエル(スペイン・バスク人です)もそのひとり。彼は、マカオへは来ていませんが、マカオの西南にある上川島に足跡を残しています。

島国日本では、突然ポルトガル人(スペイン人なんだけど)が現れたみたいに記録されますが、海の外では、その前から大きなうねりがあり、波風が立っていたのです!!
そんな“波風”の水しぶきを一番に受けたのは、本土ではなく、琉球やら種子島やら、対馬や五島列島やらの離島なのだ)))。

歴史の話はさておき(かなり乱暴な削りすぎの内容でお許し下さい)、その地の食に残された痕跡を拾い上げて、確かな記憶にしておきたい。
食のグローバル化が進む今だからこそ、心に留めておきたいと思うのです。


前置きが長くなりました。
次回は、食談談儀を♪


2019年4月19日金曜日

中華鍋



「暮らしのスパイス」は、中国料理を主体とした料理教室ですが、実践薬膳をイメージし、薬膳の考え方を取り入れ、折々に中医学の学びをプラスして展開しています。
食材や生薬についての知識はもちろんですが、調理道具や調理法のフォーカスも、大事なテーマだと、密かに思っております。

中国料理を手がけるようになってよく思う。
「なんて合理的な料理なんだ・・!」・・って。
熱効率、調味料、味付け・・・そして、道具!!

中華鍋に至っては、我が家ではもう毎日欠かさず使う道具になってしまいました。
煮る、焼く、炒める、揚げる、蒸す、燻す・・・が、全て中華鍋でできるのだ!
朝の玉子焼き、揚げ物、時には煮物だって、使い勝手の良さからつい手に取ってしまうのです。
当に、万能道具♥))

最近ちょっとした鉄鍋ブームと聞き及びますが、鉄のいいところは、沢山あるけれど、まず、加えた油が焼けてくれること、そして香ばしさが添加されるところ。
お鍋の味ってあるのですよ!!

道具によってその道具の快適な温度というのがありますが、鉄の中華鍋は、香ばしさを産む温度とぴったりなんだと思うのです。


日本の台所は狭い(!)。
なのに、料理のバラエティは和洋亜様々で益々バラエティ−。・・で、道具も食器も沢山!
厳選した道具を使いこなせば、もっとスッキリできると思う。
勿論、道具を使わなくてもできるちょっとしたテクニックも♪

壊れない道具、体に良い道具、多様性のある道具として、私は中華鍋を推奨したいのだ♪

さて、本日は、大粒の浅蜊が手に入ったので、浅蜊だけのパエリアです。
ハイ、中華鍋で、パエリアです♪

パエリアにしか使わないパエリアパンなんて、要らないのだ。

毎日中華鍋♪

何でも中華鍋♪♪

今日も中華鍋♪♪♪

パエリアも中華鍋♪♪♪♪

1キロの浅蜊入りパエリア、どすこい!

一家に1つ、いや大小2つ、中華鍋、オススメします!

2019年4月17日水曜日

猪越 恭也 先生

4月2日、猪越先生が、お亡くなりになりました。
享年83歳、年男。

猪越先生は、日本における中医学の普及に大きく貢献なさった方。アグネス・チャンとテレビにお出になったりしていたこともあるし、講演、著書多数で、中医学、漢方に興味を持たれた方なら、何処かでご縁があったことと思います。

著書は、『新中国の漢方』、『よく効く漢方実用例50』、『顔を見れば病がわかる』、『隠れ病は肌に出る』、『自分でできる中国家庭医学』、『キッチン漢方の底力』等々。一般の方々向けで解りやすいアプローチのものが多くあります。

私も、季刊誌『チャイナビュー』に始まり、これらの本を通して一方的に猪越先生を存じ上げていました。
ずっと“本の人”だった猪越先生ですが、広島に講演にいらした折にご挨拶したのがきっかけで、先生の拠点、吉祥寺の東西薬局に折々にお訪ねするようになりました。
薬膳師の資格取得後の学びに専門書をご紹介いただいて、薬膳師の勉強の中では少し物足りないと感じていた方剤学の部分を補強できたのも猪越先生とのご縁のお陰です。

料理の師でもある山本豊シェフのお店「竹爐山房」も吉祥寺ですが、お店でお料理に使われる生薬の調達先が東西薬局さんというご縁もあり、「竹爐山房」での食事会には、ご参加下さいました。3年前のことです。夕方お店に差し入れた鹿児島銘菓「軽羹」を、食事会の前にペロリと食べていらっしゃって・・・!
会でも、痛快な食べっぷりをご披露下さったのでした。

健強な胃袋に加え、信じがたいかもしれませんが、猪越先生は、80にして老眼鏡要らず。
30代後半から杞菊地黄丸という補肝補腎の漢方薬を、自ら実験台として飲み続けておられた結果だとか。

昨年、お会いしたとき(あれが思えば最後でしたが)も、「中医学を英訳した本を出したいんだよねー」と、おっしゃっていて、まだまだ手がけられたいことが沢山あるといったご様子でしたのに、こんなに早く、突然にお亡くなりになろうとは。。。
とても残念です。

満州生まれで引き揚げてこられた10代の猪越先生が見た、ロシア軍、中国共産党軍(八路軍)、国民党軍、関東軍についてのお話は、先生の俯瞰力の源のようにも思えましたし、漢方も薬膳も、歴史や国民性を踏まえて考えるべしということに気が付かせてくれました。お会いした時間はとても短いのですが、そこからとても多くの学びのヒントを得ることができました。

もっと生きて、まだまだ先生にしか伝えられない諸々を教えていただきたかった!!

猪越先生、本当に、ありがとうございました! 
こころより、ご冥福をお祈り致します。



80年代の猪越先生。ハンサムですね〜〜!
2016年の食事会で。運ばれた料理を待ちきれず自ら取り分ける猪越先生。
軽羹を食べて来たのに、コースも完食!





2019年3月25日月曜日

ヤマザキマリさんの『オリンピア・キュクロス』


『オリンピア・キュクロス』は、古代ギリシャの壺絵師が、東京オリンピックの昭和日本にタイムスリップする物語。「キュクロス」とは、ギリシャ語で叙事詩環のこと。(Epic Cycle) 

盛り込まれているエピソードの数々は、一見ギャグのようにも見えますが、作者のヤマザキマリさんが、マンガという手法で大まじめに展開する比較文化論なのだ。

写真は、主人公が日本の盆踊りを体験し、古代に戻って壺絵に描いたもの。
絵の完成度、スバラシイ!!(でも、こんなのが発掘されたら考古学者も歴史家もドンデンころりんこです・笑。)

史跡巡りの中で、数多くの壺絵を見てきた彼女は「ある意味、これは古代人にとってのマンガだ!」と思ったのだそう。
異国に暮らし、自らが体験してきたカルチャーショックや驚きを、マンガの主人公のそれに投影させているのですね。

巻末の解説文には「現代と古代、人間は、歴史を繰り返していく中で、結局そんなに変化してきた訳ではありません」と。

私も料理でこんなことが出来たら・・・!と、密かに思ったりしましたが、誠に恐れ多く、手に負えない果てしない研究故、上澄みをすくいすくい、一喜一憂するに留まっております。

ヤマザキマリさんの、人生を投じた研究活動に凄味を感じつつ・・・マンガに笑いこけています。

ちなみに、古代ギリシャのオリンピックでは、選手は皆「すっぽんぽん」で競技にのぞんでいたようですから、『テルマエ・ロマネ』のような映画化は無いと思われまするw。
(マンガでもモザイクが掛かっていますw)

興味の沸いた方は、マンガをご一読くださーい♪

2019年3月24日日曜日

新谷彰子さんの仕履展@MUNI


新谷彰子さんの仕履展が、絨毯ギャラリーMUNIで開催中です
私の茶壺と蓋碗、ウエッジウッドも参加中♪
お皿にお椀、お雛様に篆刻に・・・茶道具に留まらない布遊び。
作家さんの自由な心がギャラリー・オーナーの遊び心と相まって、楽しいお祭りを展開中です。
25日(月)まで。私もお祭りに参加中♪

私の茶壺とウエッジウッドもおべべを着せてもらって参加中♪
西洋更紗で和を包む
文房具も・・♪
お皿はお座布団付きで重ねて♪
私の赤絵の蓋碗も、お座布団付けてもらいました♡

2019年3月18日月曜日

XO醬 ジャーン!



XO醬というソース。
1980年代に、香港のペニンシュラホテルの当時の料理長が考案した“最高級”のジャン。
XOは、ブランデーの格付け名から取っているんだそう。
干貝柱に干しエビ、金華ハム、蝦子、咸魚などの旨みを一手に含ませる贅沢なジャンです。 

調味料やタレ、ソースは、なんでも一度は一から作ってみることをモットーにしている私ですが、このジャンには、手を出せずにおりました。だって、失敗したら、損失額も時間も多大だもの〜〜〜。

でも、神田雲林の成毛シェフが雲林バージョンXO醬を丁寧にご指南下さり、チャレンジする気が湧いてきました。
干貝柱を蒸して戻してほぐして揚げて・・・干しエビも、蒸して戻して刻んで揚げて・・・金華ハムも蒸して戻してほぐして揚げて・・・。これらを別々に調理して最後に合わせるのですから、2日掛かりでした。適切に火を通した薬味類や干醗酵塩魚なども加え、味が調和するまで、更に数日寝かせる。いや〜なんとも手間な作業です。

うふふ、でもなんか、それらしいものが出来上がり、気分は上々ですw。
4月の教室では、先週伺った竹爐山房(山本シェフ)のXO醬と一緒に使ってみようと思っております。

思えば、このジャン、とても香港らしい調味料だなと思うのです。
点心や蒸し料理の幅を広げてくれるし、この咸魚の風味がまた何とも香港らしい(!)。

咸魚の作り方を聞いて、益々そう感じるようになりました。
発酵臭を、美味しい風味に変えてしまうところは、日本の「くさや」や「へしこ」、「熟れ鮨」等にも通じるものがあるように思います。

瀬戸内の新鮮な魚をそのままにいただける地の食文化で育った私には、お魚の醗酵味は、いまひとつ馴染まない気がするのですが、小イワシの醗酵食=アンチョビなら(!)

美味しいタレ、ソースがあれば、お料理は限りなくシンプルに楽しめる。

皆に美味しいと言ってもらえますように。



2019年3月13日水曜日

東洋文庫ミュージアム 「インドの叡智」展


“太古のインダス文明にはじまり、マハトマ・ガンディー”を旗頭にイギリスから独立を勝ち取った20世紀半ばに至るまで、インドの壮大な歴史絵巻を紐解く” 展示。

「渡りに船」の思いで駆けつけました。
幸運にも、学芸員のガイドがあり、展示品添付の解説余白談もいろいろ伺うことができました♡

写真は、9世紀日本の世界観が映し出されている古地図。
(*東洋文庫ミュージアムは、フラッシュは禁止ですが、写真はOKなのです。)
インド〜中国〜日本の三国が、この順に大きく描かれています。中央上部には須弥山も(!)
「三国一」というのは、インド、中国、日本の中の1番(ほとんど世界一)のことなのでした。
伝え聞くことと空想の結晶のような世界イメージ図です。

私はこれまで、西洋から食文化を辿ってきたつもりでしたが、インドはどう絡まるのかわからないまま、ここ十年どっぷり中国にハマっておりました。昨今、インドからの風が吹き始めているのを感じていますが、ルーツを辿っていくと、自ずとこういう流れになっていくものなのかもしれません。ちょっと『西遊記』を新たな視点で読んでみたい気分ですw。
私の料理探訪も、きっとこの図に描かれている八方への川の流れのように、またインドから広がってくれることを祈りつつ。


2019年3月8日金曜日

4月の料理教室



ここのところ単発の教室やイベントが入ることが多くなったこと、それからリサーチがあり、時間を確保したいため、今年から自宅教室は、隔月とさせて頂いています。

今年は「定番料理をより美味しく!&真髄に近づく+薬膳1品」をテーマに展開してまいります。

  【内容】
   ・春の補全スープ(薬膳スープ) 

   ・自家製XO醬を使った野菜料理
 
   ・卵料理:
    ブクブク玉子の魚香あん

   ・ごはん

   ・デザート:紅茶湯圓

   ・美味しい中国茶


   4/3(水)満席、13日(土)、14日(日)、 5/11(土)満席
   ※キャンセル待ち受付中

- - - - - です。

尚、NHKカルチャーの方は、4月開講!
今期は「五臓六腑を労う」をテーマに、肝・心・脾・肺・腎、臓腑毎の働きと補う食べ物、料理などをご紹介していきます。



2019年3月1日金曜日

『グリーンブック』と フライドチキン

アカデミー賞受賞の『グリーンブック』が広島でも開幕になりました。
初日は、映画デーに重なって、相当な混雑でしたが、夕方の回にようやく席を得ることができまして、観てきました♪

よくある、人種差別をテーマにした映画の、良く出来た版かな〜と思って、あまり期待しすぎずに臨んだのですが・・・なかなか面白かった!

差別の激しい時代背景が二の次になる位、主人公の二人が魅力的で、友情物語と呼んでしまいたい(!)。ですが、この巡業ツアーが行われたのが1962年ということを思うと、とてもとても、差別の部分を後ろに置くことはできません。
何てったって、61年に、JFKが大統領就任('63年にはダラスで暗殺!)、マーティン・ルーサー・キング牧師の公民権運動でワシントンDCのパレード&歴史に残る名スピーチをしたのは'63年。その間の '62年、KKKによるリンチが繰り返されるような激しい頃です。
NYCから「ひとり公民権運動」のようなコンサートツアーを試みるシャーリーと、その用心棒を「生活の為に」引き受けちゃったイタリア系のトニー。
実はこの二人共、南部のすさまじさを、あまり解ってなかったんじゃないかい??とも思えるちゃう。

人種も生活も身に付けた教養も異なる二人。でも二人とも肝が据わっているし、ぶれない。
シャーリーは、英才教育を受けた教養人。トニーは、目の前のことをどう片づけたらいいか、いつも瞬時に判断できる地頭のよい智恵者。
トニーのような生命力のある人、カッコイイですね♪シャーリーも、黒人にもなりきれず白人でもないという孤独感を受けとめ、ストイックでありながら行動力と勇気を持っていてカッコイイ。

おっと、私の映画の感想などはこれくらいにして、本題の食のテーマに入りましょう。

 お題は「黒人の食べ物(ソウルフード)」。

映画で、黒人のソウルフード、ケンタッキーフライドチキンを食べたことが無いというシャーリーを、トニーが揶揄するシーンがあります。

KFCといえば、カーネル・サンダースのおじさん。あれ?白人じゃない?
ウィキでチェックしたら、ケンタッキー州にほど近いインディアナ州の生まれです。
KFCのチキンは黒人文化には直接関係ないのですが、フライドチキンのルーツには、大いに関係があるのでした。

黒人のソウルフード。それは、南部の大農園主が食べない部位を工夫して美味しく食べる智恵の結晶。モツ肉の煮込みなどはその代表で、フライドチキンも、最初は小さくて骨と皮だけで取り除かれる手羽先や首の部分を使った料理だったのです。フライにすると、軟骨部分なども食べられる上に腹持ちがよかったのです。
南部の農園主は白人です。その白人の日々の料理を作っていたのは黒人奴隷でした。
(この辺は、古くは長編ドラマ『ルーツ』や映画『風と共に去りぬ』などに出てくるシーンでもお馴染み。)ソウルフードは、ご主人の料理を作り、その残り(アラ)で、自分達の「まかない」をつくってきた中で生まれたものなのでした。

「チタリングス」と呼ばれる南部料理がありますが、豚のモツ煮で、これも同じくアラ料理です。
また、コーンブレッドなど、コーンを使ったものは、元々は黒人が、家畜の肥料のエサであるトウモロコシを潰して作ったのが始まりとか。
そんな品々が、南部の郷土料理となっていて、昔('80年代)、NYCのハーレムのレストランにもありました。(今もあるかな?)

それから、NYCのJazzスポットのメニューには、よくスペアリブがありましたが、これもきっと肉を削いだ後の骨に残っている肉を美味しく料理したことが始まりではと思います。

その他、先述のコーンでつくるお粥のような「グリッツ」(マッシュドポテトのように、ドロドロしたのを肉料理などの付け添えにしている)、「ハムホック」(豚足)、OXテールシチューなども、南部の郷土料理となっています。
「白人が食べない部位」という切り口でみると、なるほどそうかも知れないなと思えてくるでしょう?

あと、南部料理の補足として添えるなら、有名な「ガンボ」(オクラのスープ)。
あれは、オクラに臓物が入ります。
クロウフィッシュ(ザリガニ)料理も、キャットフィッシュ(ナマズ)も、南部料理ですが、白人の残り物に加えて、近くの川で採れる魚介を食べていたのがルーツだそう。
更には、アフリカン・アメリカンに加えてブラジルから連れてこられた奴隷もまた、ソウルフードの彩りに華を添えているようです。

私の教室で十八番の「瀬戸内ワタリガニのケイジャン*スタイル」は、黒人の多いフィラデルフィアで好きだったCrab Houseの復刻版。あれも元は、ザリガニ料理だったかも!
もっと言えば、一世を風靡したキハチさんの(かつては無国籍料理としてもてはやされましたっけ)ロブスター料理も、ルーツは南部のザリガニ料理では?と思います。
川魚特有の泥臭さをスパイスでカバーして美味しく食べられるように工夫してあるのでした。

80年代のフィラデルフィアで知ったもう一つのソウルフードに、商品名は忘れましたが「スクラップルス」(そのものズバリ、scraples とはクズ、切れ端、廃棄物の意)というのがありました。「クズ肉でできている黒人の食べ物なのよ」と聞かされ、一度だけ買って家で焼いてみたことがあります。モツ肉やバラ肉を小さく刻んで練って固めた脂っぽいパテみたいなものでしたが、カリカリに焼いて脂を出して食べたら、胡椒が利いてて結構美味しかったのを覚えています。

これまで、知らず知らずお世話になってきた美味しさには、色々なルーツがあります。「美味しいもの」というのは、素材のいいものから作られる正統な料理が王道であることは当然かもしれませんが、こういった人々の工夫で生まれる美味しさもまた一興。
でも、その負のルーツにもちゃんと目を向けておきたい。

さて、今晩のおかずは、フライドチキンのケイジャンスパイス掛けでもやりますか。


2019年2月20日水曜日

マツコの知らない世界 黒胡椒談


「マツコの知らない世界」で、胡椒特集。

料理の98%に胡椒をお使いになるというご夫婦の登場でした。
思えば、胡椒って、暮らしの中で一番馴染みのあるスパイス。
今朝も目玉焼きにたっぷり胡椒を振りかけて食べました。

常々スパイス研究を密かな楽しみとしている私。黒胡椒と白胡椒、+グリーンペッパーの3種を、ミルに詰めて備えておりました。
が! ここ数年は、ゴリゴリ転じて搗き搗き。我が家の家宝、モロッコのスパイス潰し「メヘラーズ」で搗いて潰して使っています。(胡麻でもなんでも、擂るより搗く方が、油分を出すこと無く香りを立たせてくれるのでよい!)
我が家の牛のタタキなどは、胡椒を前面に塗し、気が付けば小振りなローストビーフかペッパーステーキ状態に。

あ〜アディクティブな胡椒。)))

番組で紹介されていた「クラタペッパー」の倉田さんのペッパーは手元に無いけれど、カンボディアの赤胡椒ならあります(写真上)! それから、この前インドから買って帰った印度産(写真左手前)も!!

その他、白胡椒、グリーンペッパー等々、胡椒もいろいろあるけれど、これからは産地にもこだわりたいと思いました。

折しも、敬愛する料理研究家の冬木れいさん、カンボディアに!!クラタペッパーさんをお訪ねになっているころかと思います(!)。お土産話が楽しみです♪



2019年2月16日土曜日

蟹粉獅子頭 (2月のNHKカルチャーより)



「獅子頭」なんて、ちょっとイカツイ名前。大きな肉団子の煮込みのこと。その肉団子に、蟹粉(ほぐし身&みそ)を加えた一品が「蟹粉獅子頭」。
コレ、上海の西、蘇州のお料理なんだとか。そう、上海蟹の本当の産地は、上海ではなく蘇州です。産地だけに、肉団子にも蟹を添加するというなんとも贅沢な蟹使い。

肉団子という形状には、ちょっと普段着の家庭料理的ニュアンスを感じます。
昔、TVでアグネス・チャンが、息子ちゃんたちのために、土鍋に4ヶ入れたらいっぱいになるほどの巨大獅子頭を作っていたのを見た時は、アグネスチャンのダイナミクス子育ての独創的な一品なのかと思ったものですが、こういうお料理が本当にあるのですね。
ちなみに、香港出身のアグネスチャンの肉団子には、蟹は入っていませんでしたw。

『中国名菜ものがたり〜中国・飲食風俗の話〜』(槇浩史・著/1978年初版)の蟹談の項では、上海蟹の雄雌それぞれの味わいについて21頁にわたり記述があります。
唐・宋代の文人達が、酒肴に雄蟹を楽しみ、卵巣や"蟹の卵"(卵巣や肝膵)を味わう雌蟹は滋養の美味しさとし、雄雌それぞれの愛好家がいたことがわかる詩が沢山残されているようなのでした。ちなみに、李白、黄庭堅は、雄の蟹肉絶賛派だったとかw。

蘇州はかつて、元官僚の理想の隠居地であり、豊かな人が多かったところで、お料理もあっさり洗練されたものが多いというのが、ちょっと前の郷土料理の認識です。
さて、この獅子頭が蘇州の郷土料理と言うのはちょっと意外な気もするのですが、蟹の卵のコクと色が染み出たスープを啜り一際滋味を噛みしめている方々の様子を見て、古の文人達も「食べたかも知れないな」という気がしてきたのでした。

肉も蟹もスープも・・!の欲張りな一品。

ちなみに、蟹の卵は女性にはとっても有り難い成分満載!

2019年2月11日月曜日

2月の料理教室


2月の教室。メインディッシュはエビチリ。
エビチリの漢字表記は「乾焼明蝦」。明蝦は車エビのことなのだ。
パナメイエビも、ブラックタイガーも、クルマエビ科なので、これらでももちろんOKですが、今回は王道の活車エビで。
調理は、オガクズの中から車エビを掘り出すところから。
ガシッと掴むと、手にビンビンえびの生命力が伝わってきます)))。
これまで、蟹、蛸とも格闘してきた教室の皆さん、段々度胸がついて、しっかり命と向き合っていました♪

さて、この「乾焼明蝦」、殻もエビ味噌もぜーんぶ使って作ります。
ケチャップも、砂糖も使いません。
なのに、ほんのり甘くてこの色なのには秘密があるのだ(!)。

食材次第、作り方次第で薬膳如何が決まる! そんな気がしてくる一品です。

葱も生姜もたっぷり使って、エビの陽気をいただきまーす!

2019年1月30日水曜日

迎春茶会 〜紅茶の巻〜


新春だから祝の紅白をお茶で表現してみようかな?
最初はそんな気持ちでしたが、準備を進めるうちに、だんだんと白は影を潜め、紅・紅・紅へと構想が膨らんでいきました。

節分も近いし、バレンタインも控えているし・・・。
邪気祓いには赤。

我が家の紅茶のストックも、気が付けば、選びきれないくらい多種になってきています。
これらから何ををどう出していこうか。

・・で、やっぱり「歴史に沿って」の道筋を取ることになるのでした。

お茶の歴史は5千年。その内4千年は緑茶文化です。
発酵茶が生まれ、ヨーロッパが絡んで来る内に、完全発酵茶「紅茶」が生まれます。
最初に飲まれた紅茶はどんな紅茶でしょう?
やがて中国紅茶からインドへと舞台は移り、それがやがて日本に。
なんと、日本の紅茶の歴史は僅か130年(!)

お茶の歴史を世界の出来事と重ねてみる。
イギリスが産業革命の頃、フランスは革命の嵐、清朝中国は全盛期の乾隆帝で、アメリカでは独立戦争。
マリー・アントワネットやルイ16世と、リンカーン、乾隆帝が同じ時代に生きていたなんて。(島津斉彬公はリンカーンと同級生!)

こんな時代、世界各地では、どんなお茶が飲まれていたのでしょう???
一見意味がありそでなさそな謎解きを試みるのも、また一興。


マニアック茶会で、スミマセン。
でも、お茶ひとつで時代を駆け抜けた気分になれるのも、また一興ではないでしょうか?

あしからずw。





2019年1月28日月曜日

ゴンドラのパウンドケーキ


料理研究家の冬木れいさんが「昭和のパウンドケーキよー」と、お土産に下さったコレ。
昭和8年創業の「洋菓子ゴンドラ」さん(東京・九段下)の代物。
先の『料理大全』についての私の記述をご覧になって「昭和」をプレゼントしてくださったのでした。

ほんのりラム酒が効いてて、しみじみ美味しい。ちゃんとした製法の、ちゃんとしたパウンドケーキ。
洋菓子の、基本中の基本のケーキがちゃんと美味しいと、他のお菓子はどんなかなー?と期待が膨らみますが、もしゴンドラさんに行ったら、やっぱりパウンドケーキを買うでしょう。

罪悪感のない贅沢w。

昭和らしく、セイロンティーで頂きます。


ところで、日本の紅茶の歴史は明治42年から。イギリスからセイロンティーを輸入したのでした。お茶の歴史は1200年もあるのに、紅茶はほんの110年の日本。
次回は、そんな紅茶の歴史と雑学の茶会のお話を。





2019年1月13日日曜日

2月の料理教室

1月は茶会、2月から、教室開始です。

薬膳師としての活動も10年が経ちました。
学んできたことを反芻し、また上書きしながら、様々な食材を紹介してきましたが、今年は、「原点に帰る」を心に置いて「基本の料理を美味しく作る」をテーマに展開して参ります。薬膳力を生み出す食材のチカラにも、これまで以上にフォーカスし、よりエネルギー(カロリーではなく生命力のエネルギー)のある食材を使っていきたいと考えています。

そこで、私が料理の師と仰ぐ、「知味・竹爐山房」の山本豊シェフの折々の言葉を改めてここに書き留めておきたいと思います。

  「土とお日様の恩恵を受けているものこそが “食べ物”」

  「自然の恵みこそが美味しさ」

  「食べることは、食材の “気”を取り込むこと」

  「季節に敏感に、旬な食材に宿る自然界の“気”を調理する」

  「火を入れても新鮮」


真っ当な食材が、少なくなった気がします。
私達の生命力も比例して弱くなってる!??

いえ、まだまだ〜〜〜っ!
 
   そんな訳で、2月は、活き車エビを使って、本当の、エビチリ。
   ピチピチ跳ねるエビと格闘ですw。
   中華鍋で、香ばしく、作りましょう♪




     2019年 2月6日(水)、9日(土)、10日(日)10:30~14:30




2019年1月11日金曜日

迎春茶会@MUNI


 折々に、企画している中国茶会@MUNI。

今回は、ゆったりと1日1回の開催です。
懐かしい顔、新しい出会いが入り交じりそうな予約状況。
MUNI絨毯ギャラリーの空間は、私にとって、心をニュートラルにリセットしてくれるオアシス。数字で表現するなら「0(ゼロ)」スポット。

私の第二の故郷フィラデルフィアには、Zero Moving Dance Companyというのがありまして・・・自由に羽ばたくベースは、ニュートラル=ゼロでいること。そんなコンセプトのちょっと前衛的なモダンダンスカンパニーです。
好きでした。
このカンパニーの創立者ヘルムート・ゴッチャイルド氏は、抽象的なものも、音も、体の動きにのせることができるアーティスト。ドイツ人で、私の大学の恩師でもありました。体のニュートラル=「ゼロ」のポジションは、体幹・・いや、丹田がバシッと定まっていてこそ。ゼロ=無は、fullfillな可能性に溢れているという訳です。

MUNIギャラリーは、唯一無二の名前に負けず、軸があって中庸であって、皆にとって心地良い「ゼロ」の場所。

さて、今年は私もゼロに帰ろう。
そんな気持ちで、初茶会です。



2019年1月10日木曜日

 『料理全書』主婦の友社



今は賀状で健在ぶりを知り得るだけになったある方から、一冊の本が届きました。
昭和30年刊行。
戦後10年で、これだけのものを作っていたことに驚きです。
どんな思いのもとに、この本はつくられたのでしょうか。
平成も終わろうとしている今、古典になっていく昭和のエネルギーを噛みしめつつ、本に込められたメッセージに思いを馳せる。






2019年1月4日金曜日

タルトタタン


大抵のフルーツは、そのまま食べる方が好き。

でも、リンゴは・・・リンゴだけは、こうするとそのもの以上に美味しいものに昇華する!!

タルト・タタン。

フランスはオルレアン、ソローニュ地方のホテル・タタンで、タタン姉妹の失敗から生まれたお菓子といわれるけれど「失敗してこんな風になるもんかい!」と、私は密かに思っているのよ。

実際、タルトタタンのような、裏返すタイプのタルトは、もっと昔からあったのだという。大きめにカットしたリンゴを煮て、リンゴから流れ出たペクチンを煮詰めて、ぎゅっと締まらせ、サックサクに焼いたパイ生地を蓋にしてのせてて仕上げます。

タルトタタンは、「時間が美味しさを作る」代表的スウィーツのひとつ。
あーだ、こーだと語り合いながら、じっくり味わいたいねー。





2019年1月3日木曜日


あけまして おめでとうございます

今年も どうぞ宜しくお願い致します。