2019年11月21日木曜日

『ホテル・ムンバイ』

監督/脚本/編集:アンソニー・マラス

2008年 ムンバイで起きた無差別同時多発テロ。そのターゲットのひとつだった五つ星のタージマハル・ホテルで、宿泊客らの救出に奮闘したホテルマン達のことを描いた映画。

ある人は「責任感についての映画だ」・・と。
プロフェッショナルとしての責任感、いやプロフェッショナルが責任感といってもいい。
何に責任を持つのか。
旅行業やホテルなら、何よりお客様の安全安心でしょう。

主演は、『スラムドッグ$ミリオネア』(2008) で青年ジャマール役、『ライオン〜25年目のただいま』で成人したサルー役を演じたデヴ・パラル。

彼は、監督に、デヴ・パラルありきでこの映画を作ると言わしめるほどの、天性の個性を持つ才能豊かな俳優さん。
「この俳優さんが出演を決めた作品なら・・・!」
 映画を選ぶときに、こういう基準もあろうかと思いますが、デヴ・パラルもそんな俳優さん。作品選びがよいです。そして監督のアンソニー・マラス氏も、私にとって
「この監督さんの作品なら・・・!」
ということになりそう(!)な予感です。
彼のバランス感覚、描写のセンス、弱すぎずくどすぎず、押しつけがましくなく、見る側に考えさせるメッセージをしかと発信する。

この映画で、テロリスト以外の出演者は皆主演と言うべきかも知れないくらい、ひとりひとりの描写がしっかりしていて、リアルでした。
ホテルを占拠し司令塔からの指示で動く青年たち=洗脳された若きジハード側の描写もリアル。

同じくテロを描いたC. イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』(2018)は、ヒロイズム的で、事件の原点となるテロに至るテロリスト側の描写が皆無なところが少々不満だったけれど、この映画は、テロリストたちの実体も短いながらも印象的に描いていて人間性のメッセージとなっています。

あの場に自分がいたら、どうするだろう?? 
旅行者として滞在していたら?
または旅行の御世話をする側だったら?
お客とホテル、両方の立場で考えさせられます。


あ〜〜それにしても、始終ドキドキ。
見応えのある映画でした!!
マハラジャホテル「ウマイド・バワン・パレス」(2014年の旅より)
映画のホテルムンバイもこんな雰囲気。
ちなみにホテル内のシーン、ロケ地は地方のマハラジャホテルだとか。

2019年11月16日土曜日

2019年11月11日月曜日

『大草原の小さな家』— 料理編7 ドリンク

料理編の最後に2、3、飲み物を取り上げます。

お父さんはウォールナットグローブに家を建てる時、井戸も掘りました。この水が、一家の生活を支えていました。

ドラマでは、専らコーヒーを飲んでいるような印象を受けます。でも本には、ケンブリックティーというのが載っていました。なんだかイギリスっぽくて洒落た名前なので何かと思ったら、その内容は、薄めたミルクに紅茶をちょこっと落としたもの。つまり子供用の薄〜いミルクティーです。だから時々は紅茶も飲んでいたのかもしれません。
ローラ達は「これを飲ませてもらうと、大人の仲間入りをした気分になった」そうです。


アメリカには、ボストン茶会事件*を経て、英国から独立を果たした歴史があります。そのためイギリスの象徴的飲み物である紅茶は敬遠され、コーヒーを多く飲むようになったといいます。
*イギリス本国から植民地側に一方的な税率で税金を課すので、とうとうぶち切れて、税の対象で象徴的だった茶箱を、積み荷から下ろさせずに海に捨てたという暴動事件。

でも、レモンの入ったアイスティーはアメリカ生まれなんですよね。

今、アメリカらしい飲み物と言えば、一番にコカ・コーラが浮かびます。
でもこれは1890年代になるまで登場しません。(コカ・コーラカンパニー設立は1892年で、南部ジョージア州アトランタにある製薬会社の開発です。)
ドラマ・シーズン1の19話(『大草原の小さな家』はシリーズ9まであり、各22-24話ある)「サーカスのおじさん」の中で、万病の薬といって重曹や重曹水を飲ませると、皆が治った治ったと元気になった(気がした)エピソードがありました。重曹水は、要するに炭酸水です。確かに胃は一瞬スカーッとしたことでしょう(笑)。
医師のベイカー先生以外はみんな騙されてしまうので、この頃は炭酸もまだ一般的ではなかったのだろうと思います。

この時代、爽やかなソフトドリンクといえば、レモネードジンジャーウォーター

ジンジャーウォーターは、大量に汗をかいたお父さんが、水をがぶ飲みしてもお腹が冷えないようにという薬膳的配慮で、生姜とお砂糖を加えた飲み物だったようです。
ちなみに生姜は、生が手に入らないのでドライのパウダーを使っていました。
炭酸飲料が普及してくると、これが「ジンジャーエール」に取って代わられたのでしょう。「ジンジャービール」なんてのもあるのですが、「エール(ale)」は本来ビールを指す言葉ですから同じ意味です。(※ジンジャーエールはノンアルコールです。)

もうひとつ、エッグノッグ(Eggnog) をご紹介しておきます。
一言で言うなら、生クリームでつくった濃いミルクセーキ。よくラム酒やブランデー(またはウイスキー)、そしてナツメグが加えられます。
ローラの家(インガルス家ではなく、ローラが結婚してから築いたワイルダー家)のレシピは、ナツメグがたっぷりでノンアルコールでしたが、通常家庭でつくったものにはお酒がしっかり入っています。なので飲み口の良さから調子にのってお代わりしていると、酔っ払ってしまいます(経験者)。

私の知るアメリカでは、エッグノッグは、クリスマスのときにだけ作られていましたが、ローラの本には、クリスマスに限らず病気や身体の弱っているときにアルコールを加えて飲んでいたとあります。ちょっと日本の卵酒と似ています。
卵酒も湯煎で丁寧に作ると、とろ〜り濃度がでて似たような仕上がりになります。
スパイスの中でも温熱効果が一際高いナツメグとお酒を加えれば、更に身体が温まることでしょう。卵とミルクと砂糖入りで栄養価も高い。確かにエッグノッグは養生食ですね!(まあ、アルコール入りのところは臨機応変に・・ですが(^^;))

『小さな家の料理の本』で紹介されているのは、ローラ達が食べてきたものの、ほんの一部に過ぎませんが、そこかしこに生活の記録が散りばめられています。
こうした本も、時を得て、日本の日記文学に通じる貴重な資料となっていくかもしれません?

ローラの生きた時代、ビタミン、ミネラル云々だの「一日何品目」、「炭水化物は減らして」だのという考え方など有るはずもなく、手に入るものでお腹を満たしていた暮らしでした。
それでも、ローラのお母さんキャロラインは84歳、ローラは90歳まで生き抜いています。
一方お父さんの方は、66歳とちょっと早死。
腰まで水に浸かって幌馬車を引きながら川を渡ったり、吹雪の中で狩りをしたりと、無理を押して家族のために大奮闘し続けたのが影響したのでしょうか。
ドラマ上でメアリーは後に病気で失明し、盲学校の先生になるという展開だったと記憶しています。ドラマと原作は少し内容が異なりますが、メアリーも、早死にで、63歳で没しています。

「食の健康」「薬膳的食べ方」等と、選択的に食べることが語られる現代は、恵まれた時代なのだとしみじみ思います。でも、ローラ達が今の私達の食事情を知ったら「“食の安全” を心配しなくてはいけないなんて、大変ね!」と、思うかもしれません。

命と向き合い、生かされていることを実感できる暮らし。そして、食べ物に感謝しながら皆で食卓を囲む暮らし。料理そのものよりも、そんな暮らしの有り様が『大草原の小さな家』をより魅力的にしているのだと思う次第。

<あと1本書きますw>


2019年11月1日金曜日

『大草原の小さな家』— 料理編6 アップルパイ

インガルス家がウォールナットグローブの町に落ち着きキャンプのような生活から一転、(30キロ圏内というアバウトさではあるけど一応)鉄道もあり、教会も学校も、(唯一だけど)オルソンさんのよろず屋もあって、医師(ベイカー先生)も居る暮らしへ。

安心の暮らしになったようにも思えるけれど、食用の肉はやっぱりお父さんが狩りをして獲ってくるし、木の実を採取したり、家畜の世話をしたり、ローラたちも、多くの時間を食事の為のお手伝いに費やさなければなりませんでした。
ローラの自叙伝には、食事の喜びと沢山の料理の話が出てきます。それは、食べる為に働く時間が多かったことの証しでもあります。

インガルス家にオーブンが来て、元々お料理上手で働き者のキャロラインのレパートリーは益々広がったことでしょう!
パンはダッチオーブンでも焼けるけど、パイはやっぱりオーブンでなくては。

お肉のパイもいろいろ作っていたようです。
パイはちょっとスペシャルなお料理。
お母さんがオーブンで焼いた季節折々のパイで、ローラ達は季節の収獲を楽しんでいたのでした。

『小さな家の料理の本』には、先に紹介した「ビネガーパイ」以外にもいろいろなパイが掲載されています。

   カスタードパイ
   パンプキンパイ
   干しリンゴと干しぶどうのパイ
   ミンスパイ*
   ハックベリーパイ*
   アップルパイ

*“ハックベリー”とは、多種ある野生のブルーベリーの中でも地元で採れる土着品種を指す言葉のようです。

*ミンスパイとは、クズ肉を叩いたミンチと刻んだドライフルーツを合わせて増量にしたフィリングのパイのこと。


さて、やっとアップルパイ談です。

アップルパイは「二つ折りのパイ」「アップルパイ」の2種が掲載されています。
前者はバターを贅沢に使ってフランス菓子にあるような層を作る上等バージョンですが、殆どのパイは、手軽な練り込み生地で作られています。

ドラマでは、ウォールナットグローブの町のお祭りでパイコンテストが行われることになり、キャロラインも出品するという回がありました。
家族は一足先にお祭り会場に出掛けますが、キャロラインは残ってパイを仕上げ、持っていく仕度をしていました。出掛ける間際、ちょっと前に農機具で怪我をした足が疼くので、戸口にパイを置いて一旦屋内にもどり、傷を消毒します。
が、時既に遅し。キャロラインは、破傷風菌に冒されていて、高熱を発しそのまま倒れてしまうのです。
パイコンテストのお話だ ♪ と思って、わくわくしながら見ていたのに、思わぬ展開でドキドキしたことを今もよく覚えています。

なんとかキャロラインは九死に一生を得ますが、あのパイはどうなったのでしょう??
確かあの時のパイはアップルパイだったと記憶しています。

ドラマの最後までお目見えすることの無かったキャロラインのアップルパイ。
アーミッシュのお菓子の本に載っているアップルパイを眺めては、こんなパイだったかな〜??なんて、今でも時々思うのです。


写真1:バター多めの練り込み生地でできたアップルパイ
(写真:手持ちのアーミッシュの本から借用)
古今アップルパイをご紹介・・・といきたかったけれど、「古」といってもローラの時代から1世紀しか経ていないアメリカンアップルパイ。受け継がれる味もさほど代を重ねておらず、変わっていないかな??

ですが、ローラの頃にはこんなパイは無かったかも(!)。[写真2]

写真2:More than Just Ice Creamのアップルパイ
手持ちの写真が無いので、ネットから引っ張って来た画像です。悪しからずm(_ _)m
これは、私が暮らしたフィラデルフィアで、Philly's taste、Best of Philly10 などと地元紙にしばしば登場していた More than Just Ice Creamというアイスクリームショップのアップルパイです。

イートインすると、こんな感じに[写真下]。
写真3:熱々のアップルパイにたっぷりアイスクリームというのが定番の食べ方
アメリカの人って、ホントにアイスクリームがだいすき

もぉ〜〜〜、パイだけでお腹いっぱい・・・!
最初、このパイに挑むには「パイで食事代わり」とする覚悟が必要でしたが、意外にもフィリングのリンゴはシナモン効かせて砂糖控え目。
アイスクリームを控えれば、結構イケちゃうのであります。
かくして、私にとっての「アメリカンアップルパイ」はコレ(!)と相成りました。

「アメリカのおもてなしとは “お腹をいっぱいにすること” なのだな・・・」とも、ここのアップルパイを通して、学習した次第。

いつかもう一度訪れてみたいと漠然と思っていましたが、2018年秋、43年続いたこのお店は、惜しまれつつも閉店となっていました・涙。
いつ行ってもお店の方が店先で沢山のリンゴの皮むきをしていた情景が、懐かしく思い出されます。

ちなみに『小さな家の料理の本』には、アイスクリームのレシピも出てきますが、ローラが結婚してワイルダーになってからのもののようでした。

* * * * *

おまけ

写真4:お店のサイトより借用。https://theblueowlbakery.com

これは、More than Just Ice Creamを検索中に見つけたミシガン州のベーカリーThe Blue Owl Bakeryの Levee-High-Applepie。(堤防アップルパイ!? )

お菓子≒Sweets は、アメリカに於いて、とても食事に近い立ち位置だと思います。

それにしても、やっぱりパイ生地とリンゴのバランスって大事だと思うのですけれども・・ねぇ)))。

<つづく>


2019年10月30日水曜日

『大草原の小さな家』— 料理編5 オーブン談


これは、明治時代のベストセラー『食道楽』(村井弦斎・著)の挿絵です。
日本の洋食を牽引していた大隈重信邸の台所がモデルだとか。千客万来の大隈邸、おかっての真ん中後方に鎮座する黒いオーブンは、イギリスから輸入されたもの。
料理編1で触れた、ローラがお母さんにプレゼントしたのと同時期のものだと思いますが、こちらは大層立派です(!)。
でも両方とも、石炭でも電気でもガスでもなく、薪をくべるオーブンです。

オーブンとは「火元の熱源を賢く使う変換器のようなもの」。
そんな風に認識したのは、フランス・プロバンス地方アヴィニョンのホテル・ラ・ミランド、そしてブルゴーニュ地方の施療院オスピス・ド・ボーヌ(1451年設立の市民病院/オテルデューL'Hôtel-Dieu =「神の館」の意)を訪れたときでした。

ホテル・ラ・ミランドは教皇庁裏に隣接する建物で、かつては枢機卿邸宅でした。アヴィニョン捕囚(1309〜1377年)以来ですから、700年の歴史があります。現在はブティックホテルとして使われており、南仏特有の明るいトーンの中にも重厚さを秘めた素敵な佇まいです。
このホテルの地下には、薪を使うクラシックオーブン[写真1]が設置されたキッチン&ダイニングがあり、そこで地元レストランのシェフや料理研究家を招いての料理教室が開かれていたので、30代の頃参加しました。

教室では、このオーブンに薪をくべて料理を作ります。
フラットなオーブントップには、乗るだけの数の鍋をいくつも置いて加熱することができます。数カ所丸く開けられる箇所もあり、直火も可能[写真2]。右端には、お肉を回転させながらあぶり焼きできるグリルコーナーもあります[写真4]。ちなみに、オスピスのグリルは、鳩時計のような絡繰りゼンマイ仕立てで自動回転機能付(!)スゴイ!
グリルで焙り、またオーブンで焼き・・・その熱源でソースを作る。
フレンチがソースの料理であるということのベースが、この巨大な調理システム器機から感じ取れました。

更に、オスピスのオーブンには、なんと温水システムまで組み込まれていた!!
内部に水を溜めるタンクがあり、伝わる熱で温められ、鴨の首型の蛇口から温水を汲み上げられるようになっているのです[写真5]。お湯がでる蛇口ならぬ鴨口ですw  
いやスゴイ!

ホテル・ミランダのオーブンは今も現役。オスピスのオーブンは20世紀中旬まで現役だったそうです。

このようなスタイルのオーブンがヨーロッパで何時頃からあったのか、ちょっと調べてみたけれど、正確な時代はよくわかりませんでした。アメリカでは、1900年にはほぼ普及していたようですが、インガルスファミリーの暮らしている西北部は、特に遅かったエリアのようです。

お肉とソースをお皿に盛り、ソースと共に「文化的に*」食べるようになる頃には、既にこのようなオーブンが普及していたのではと想像します。
ちなみにスプーンはかなり古くから、フォークの方は1553年、パスタ文化のナポリからフランスへ輿入れしたカトリーヌ・ド・メディシスが伝えたといわれています。

*手食が野蛮で非文明的とか不作法で不衛生という認識は、偏見に過ぎません。
日本のお寿司、欧米や中東のパンも手食。世界の歴史を振り返っても、手食を基本としてきている流れは無くなっていないし、手食を最も潔癖としている国もあるのです。

ドラマの第1話で描かれていたように、アメリカ開拓民の旅の暮らしは当初、キャンプのようでした。設備が無いからたき火料理をしていただけで、母国ではオーブンを使う暮らしがあったわけで、オーブンについて、その料理についても知識を持っていました。
だからインガルス家にオーブンがやって来た途端、食生活は劇的に豊かになったはずです。

片や大隈邸の厨房では、オーブンが来て、まずは西洋の料理を学び、肉について学び、オーブンの使い方を学び、そのための道具や食材を揃え・・・というところから。これには明治の女達の大変な努力があったことでしょう。だからその手引きにもなる『食道楽』がベストセラーとなり、名家の子女たちの嫁入り道具となったのです。

台所を観れば、暮らしがわかる。
竈とオーブンが並ぶこの挿絵もいろんな情報を発信しています。
歴史的建築物を訪れると、キッチン(ついでにトイレとお風呂も)が観たくてたらず、よく尋ねてみるのですが、武家屋敷や美術館(元はお城や官庁だった建物)では、大抵は事務所スペースになっていたりします。残念!

さて、オーブンまできましたので、いよいよパイの話にしましょ!

写真1:ミランデホテルのクラシックオーブン
写真2:オーブントップは、何カ所か開けられるように出来ています。
写真3:オーブン(窯)のコーナーその1(このオーブンには2カ所オーブンになる箇所がある)
写真4:グリルコーナー
写真5:オスピスの厨房  鴨口から温水が出る仕組みになている
写真右:料理教室を仕切るオーナーの婿養子さんと地元料理研究科のエスペランデュさん
写真左:私が手にしているのはプロバンス料理の定番ペースト、タプナード。

★オマケ:
今では中・上級キャンプグッズのひとつでもあるダッチオーブン*は、幌馬車で移動したり簡易な家での暮らしの中で使うのに重宝された、最小の携帯オーブンでした。

*ダッチオーブン(Dutch Oven)=「オランダ人のオーブン」の意味。
 この名前の由来には、オランダ系移民が売っていたという説や、オランダの鋳物の技術を利用していたからという説、またはイギリス人が「〜もどき」の品物を「ダッチ〜」と呼ぶ習慣があったため本物のオーブンではないけれど」という意味合いで「ダッチオーブン」とよんだという説等々、諸説ある(ウィキベディアより)・・・らしいです。
私は最後の説に一票。その理由は以下の通り。
Go dutch(割り勘)、Dutch Concert(雑音)、Dutch roll(すごい揺れ/千鳥足の酔っ払い)、in dutch (ウケが悪い)、Dutch courage (お酒によるカラ元気)等々、ダッチは、ケチ、安上がり、質が悪いというような、あまり良いニュアンスでない言葉があります。
大航海時代の先駆けポルトガル、スペインを追いかけ、小国ネーデルランド(オランダ)とイングランドが進出。オセロのコマを裏返すように、両国が先国の植民地を奪い取っていくという流れがあり、両国はライバル関係でもあったから。
アメリカ大陸おいても覇権争いがつづいて、マンハッタンなどネーデルランド(オランダ)領だったところをイングランド(イギリス)が奪取し「ニュー・ネーデルランド」から「ニュー・ヨーク」としています。

ローラのお父さんは、チャールズ、お母さんはキャロライン。お姉さんもメアリーという名前ですし、登場人物の名前からして、ウォールナットグローブの人々はほとんどイギリス系かな〜と思いますが、先住民にも優しく、きっとDutch!なんて言わなかったことでしょうね。

<つづく>

2019年10月28日月曜日

『大草原の小さな家』— 料理編4 とうもろこしパン

長々と、主食の食べ物について語ってきました。
命をつなぐ食材=主食が何であったか、どう食されていたか。そこを考察することで、暮らしぶりが浮かび上がってくる。ですからつい、力が入ってしまいます。
もう少しお付き合い下さい。

トウモロコシパンのいろいろからも、厳しい開拓民の暮らしぶりがひしひしと伝わってきました。
「今日の糧に感謝します」という食事の前の祈りの言葉は、毎日心の底から出てくる言葉だったに違いありません。
今日私達が食べているようなふっくら柔らかい小麦粉のパンはとても贅沢な代物だということも再認識。

アメリカに限らず、日々御飯を炊くようにパンを焼く小麦文化圏には、様々な「即席パン」があり興味深いところです。また小麦文化圏には小麦代用作物 ---- それはしばしばトウモロコシなのですが ----- の主食料理がある点にも注目です。

アメリカから遠く離れた同じ時期の中国にも、トウモロコシパンが!!
『中国料理大全ー北京料理』より
こんな風に窠があります

清朝末期の権力者、西太后(1835-1908 ←ローラのお父さんとドンピシャ同世代)が、義和団の乱で西安に避難した折、口にした農民の食べ物「窩窩頭(ウォウォトゥ」がそれです。
トウモロコシ粉を水で練った生地にくぼみを作って蒸し上げたもので、くぼみに漬物や炒め物などを詰めて食べます。
家畜のエサのような甘味のないトウモロコシ粉からつくられる窩窩頭は、決して美味しいものではなかったはずですが、逃避行中の西太后はさぞやお腹がすいていたのでしょう。農民が差し出したそれを「美味しい!」と言って食したのでした。西太后は、北京の紫禁城に戻った後、宮廷料理人に「美味しかった」窩窩頭を作らせました。
宮廷料理には、皇帝が地方巡業したときなどに気に入ったものが取り入れられることが多々あったようですが、こんな農民の粗食を西太后にお出ししたら首が飛ぶのではないかと、宮廷料理人は、飢えてない時の西太后でも美味しく食べられるよう、工夫して美味しい点心「小窩頭シャオウォトウ)」に仕立てました。
粗食バージョンの窩窩頭と宮廷バージョンの小窩頭は、どちらも中国版コーンブレッドです。


ご馳走小麦パン。
それは醗酵の力をもって極まります。

インドの醗酵させないパン=即席パンといえばフライパンで焼上げるチャパティ。
醗酵パンのナンなどは、北部のムガール帝国時代に発展したパン。(ペルシャをはじめ様々な文化を吸収し、中央アジアからきたムガール帝国は、インドをグルメにした国でした!)
醗酵させて、しかも専門の “オーブン”(窯) タンドーリで焼くナンは、消化も良く時間がかかる贅沢パンという位置づけでもありました。

中国の花巻や銀絲捲(イン・スゥ・ジィェン)も、醗酵生地を、凝った成形で仕上げられた宮廷ならではの醗酵パン。

イースト菌が市販されていなかった時代は、醗酵パンは、結構な手間を要する料理です!いや今だって、インスタントドライイーストを使っても、パン作りは最低でも2−3時間は掛かります。日々労働に追われる庶民には、醗酵パンは、やっぱりご馳走です。)))

本にはサワードゥだね / Sour-Dough Starter(酸っぱい種生地)の作り方が載っています。
天然酵母の醗酵種からつくるのです。
開拓民たちも、暮らしが安定してくると、週一でパンを焼くようになったようですが、まずは醗酵だね作りから。主婦のキッチン科学の力がモノをいいまする。

サワードゥだねは、空気中のバクテリアや小麦粉の中に存在する天然のイーストを利用して作られます。どうやって空気中のバクテリアをキャッチするの?と思ってしまうかも知れませんが、小麦粉を水で練って常温に置いておくと、自然に発生してくるのです。小麦粉に含まれる糖質をエサにするので、生地はだんだん甘味を失い酸っぱい味になっていきます。それが「酸っぱい生地=サワードゥ」とよばれているものです。
その酸味を中和する為にアルカリの重曹が加えられ、その重曹から発生する気泡が、またパンのふくれを手伝ってくれるという訳です。

レシピを読んでいて、これは、中国料理でいうところの「老麺」はないか(!)と思いました。中国の古典レシピでは、アルカリとして重曹の代わりにかんすいが使われたりしますが、理屈は同じです。

インスタントのイースト菌を使わず老麺で仕込むと、独特の風味で美味しいのです。
生地が「サワー」になる前に、エサになる小麦粉を継ぎ足し継ぎ足し繋いでいくので「生き物を飼っている」という感じ。種菌の管理は結構大変です。私は「エサ」の小麦粉補充にギブアップして、数週間でやめてしまいました。

以前イギリスで、重曹が使われた醗酵パンを食べ、アルカリの刺激にちょっと驚いたことがあります。でもパン作りのこんなルーツがあることを知ると、イギリスでは重曹を加えることへの抵抗感が少ないのかもしれないと、少し寛大に受けとめられます。
やっぱりパンは、菌のチカラだけでゆったり醗酵させて欲しいですけどね〜)))。

さて、ほんの「枕」のつもりが、メイントークになってしまいました。
「主食談」はこれぐらいにして、次回は、オーブンについて少し語りたいと思います。

<つづく>

2019年10月24日木曜日

『大草原の小さな家』— 料理編3 続「主食」


とうもろこし粉=コーンミールをつかったお料理をもう一つ。

 ヘイスティ・プディング(Hasty Pudding)

これは、大麦のお粥のようなオートミールをトロトロにして食べる料理のコーンミールバージョンです。
日本でも、クエイカーのオートミールはお馴染みですが、日本ではお粥のような食べ方をしている人は、あまりいないのではないでしょうか?


私も、オートミールのことは、カントリー・クッキーの材料として買い求めたのが最初です。ちょっとローカルですが、広島のバッケン・モーツアルト「からす麦のクッキー」の、からす麦とはオーツのことです。

 "ヘイスティ"とは「即席」という意味で、直ぐに炊けて食べられることを表しています。しかし、作り方を見る限り、コーンミールバージョンは、「即席」とはいかないようです。
コーンが柔らかくなるまでそれなりの時間を要したようですし、ダマにならないように常にかき混ぜなければなりません。メープルシロップを掛けて食べるのですが、そのメープルシロップも、もちろん自家製。さとうカエデ=メープルの樹液を採って煮詰めて作るのです。1Lのメープルシロップを作るためには、40Lもの樹液が必要です。

オートミールには、インスタント製品があり、買ってみたことがあります。シナモン味、メープル味等、甘い味付けのものが5つばかりセットになっていて、ボウルに開けて熱湯を注いでかき混ぜるだけの温かいシリアルです。
こちらはホントの「ヘイスティ」ですが、コーンミールバージョンは、ローラの時代から百年たってもまだお目見えしていません。
その代わりに・・・?そう、コーンフレークになったのですよ!

コーンフレークは、19世紀末〜20世紀初頭、ケロッグ博士が開発した、元はサナトリウムの養生食だったようです。ヘイスティ・プディングのようにコーンミールをドロドロにしたものから作られます。

ヘイスティ・プディング。日本語で言うなら「トウモロコシ粉粥」といったところでしょうか。
今でも、家庭料理で肉料理に、トウモロコシのピューレ(イタリア料理ではポレンタなど)やガレットみたいなものが添えられることがあるけれど、そんな感じで食べられていたのでしょう。

甘いごはん。ちなみに、日本ではお米のお粥を甘くして食べることはしません(その代わりにお餅やお団子がある♪)が、仏陀も召し上がったとされるインドのミルク粥「キール」や、スリランカの「キリバット」、トルコの「ストラッチ」等々世界には甘いお粥料理がいろいろあります。

消化が良くて甘くて食べやすい糖質は、昨今では「血糖値があがる!」と嫌われがちですが、飢えと背中合わせの時代は、身体に優しい立派な養生食であり、労いのご馳走だったのです。

<つづく>

2019年10月23日水曜日

『大草原の小さな家』— 料理編2 「主食」

小学校高学年の頃、私はままごとの延長で、お菓子を作るようになりました。
あれは教育方針だったのか(?)、お菓子をねだっても買ってくれない母が「お菓子を作ってみたいので材料が欲しい」と言ったら、材料費を出してくれていました。だからおやつが欲しければ、自分でつくる。いつのまにかそんな風にーーー。
母の持っていた小さな本(写真下)の中から、簡単なものを選んで作っていました。

   
昭和47年初版女子栄養大学出版部(左)  /   昭和50年初版 日本放送出版協会(右)

まずはこの中から、小麦粉、砂糖、卵・・そしてバターetc. 近所のスーパーで買うことのできる食材で作れるお菓子を抜粋。

すると、なんとスポンジケーキ、シュークリーム、パイなど、いきなり中〜上級クラスのお菓子が浮上しました。カスタードクリームに使うコーンスターチが何かも知らなかった頃、そしてケーキといえば、ヤマザキのスイスロールとバースデーケーキぐらいだったおばあちゃん子は、ちょっとたじろぎましたが、本の通りにやるとそれらしいものが出来て、感動でした。(この頃の本は手順の説明がしっかりしていて、とっても実践的!)

更に、ベーキングパウダーを買ってもらって、クッキー、パウンドケーキ。
マドレーヌ・・・は、型が無くて落選。
クッキーも、ラングドシャは、特にシンプルで、型が無くても作れるのでトライしたのを覚えています。
・・・が! 直径1cmほどの生地が、びろ〜〜んと薄く広がるので、天板上の生地がみーんなひっついて「一枚板」になってしまいました。レシピには「間隔をあけて」と、ちゃんと書いてあったけれど、ここまで広がるとは想定外でした。
あ〜〜いろいろ失敗したなぁ。)))

私の失敗談はさておき、この本の中に「ホットビスケット」というのがあり、分厚いクッキーのような写真が載っていました。
他のケーキやクッキーに比べて、あまり美味しそうには見えなかったので、あえて挑戦しませんでしたが、「ホットビスケットってなんだろう?」と、ずーっと気に掛かっていたのでした。

あれはスコーンのことだった!!

イギリスのスコーンは、その十数年後に暮らしたアメリカではホットビスケットと呼ばれていました(※実はスコーンはスコットランド発祥ですし、“ビスケット”のビス(bis)2度焼くところから来る接頭語なので、本来の意味からはかけ離れてきています)。
筒状のケースに生地が入って冷凍になっている、焼くだけインスタントもスーパーで買えて、パンケーキ(ホットケーキ)と並ぶカジュアルな軽食ポジションでした。
イーストではなくベーキングソーダで作る即席パン。それがホットビスケットなのでした。『小さな家の料理の本』には、パンビスケットという呼ばれ方で載っています。
ビスケットは「第2の主食」だったと、この本にもあります。


* * * * *

コーンブレッド

小麦以上に「主食」の印象があるのは、トウモロコシ。ドラマでも、よくコーンブレッドが出てきます。頁をめくると、挽いたトウモロコシ粉に塩と水を加えて練りローフ型に入れて焼いただけのものだったことがわかりました。ラードを取った後のカリカリの脂身を加えることもあったようです(Crackling Cornbread)。
また、バターの副産物のバターミルクで練ったレシピもあり、リッチな美味しさのコーンフレッドになっていきます。
本では、このレシピは、「ジョニィケーキ」という名前で紹介されています。
ローラはどうしてジョニィケーキというのか不思議に思ってお母さんに訪ねます。お母さんの答えは「南北戦争の時、北軍の兵隊は、南軍の兵隊を“反乱軍ジョニィ”と呼んでいたのだとか。その南軍の兵士達が食べていたのがトウモロコシのパンだったからでは?」というものでしたが、実は「ジョニィ」は、Journey (ジャニー) のニューイングランド訛りだという説が濃厚です。
ジョニィケーキも、元々は、コーンミールを塩と水でねったものをスキレット(分厚いフライパン型の鋳物)にいれて、たき火で焼いただけのパンケーキで、植民地時代の旅人によく食されていたのだそうです。地理的にも、発音の面からも、ジョニィはジャーニー(旅)だった説に私も1票!
ちなみに、トウモロコシのパンは、ネイティブアメリカンにとっても主食的な食べ物だったようです。

その時々で調達できる食材で、リッチにできたり粗野になったり・・・つまり、日本でいえばお寿司を作る時もあるけど、お粥で膨らしてお腹を満たしたり、雑穀を混ぜて量を増やしたりもする的なこと。この1冊にある複数のコーンブレッドレシピから、そんな暮らしぶりが浮き上がってきます。

トウモロコシの粉で作ったパンは、おしなべてズシッと重くて、のど太い印象があります。小麦の供給が安定した現代には、無くなってもおかしくないもののようにも思うのですが、コーンブレッドは、別名クイックブレッドことマフィンのレパートリーの中に加わり、今でもしかと存在感を放っています。
砂糖もベーキングパウダーもバターもミルクも入った、ローラの時代で言えばコーンブレッドの超リッチ版のコーンマフィンは、マフィン専門店でも根強い人気です。
トウモロコシ粉独特の食感に、開拓時代から食べ続けられてきたソウルフードとしての愛着が、ロングランの理由かもしれません。

<つづく>

国際薬膳師会 HPより

夏から、国際薬膳師会HPに、新設コーナーが設けられました。
私の同期たちからバトンが。
     ↓
http://yakuzenshi.jp/interview/interview.html

よかったら、ご一読下さい♪

2019年10月20日日曜日

『大草原の小さな家』— 料理編1




19世紀の開拓民が食べていたもの・・・??

インガルス家のお父さんは、兎を撃ってきたり、七面鳥をしとめたり、魚を釣ってきたりと、ドラマでは、かなり高い調達率。
鹿やバッファローも開拓民の食材に。ちなみにバッファローは、ローラたちの時代には乱獲で少し数が減っていたようです。お肉はほとんどジビエ。それらを調理するお母さんキャロラインも、さっきまで生きていた"獲物"を料理するのですから、なかなかワイルド(!)です。

ドラマ前半にはまだオーブンが無く、キャロラインはとても欲しがっていました。インガルス家にオーブンがくるのは、あるクリスマスイブ。お母さんが欲しがっているのを知ったローラは、なんとオルソンさんと交渉し、自分が可愛がっていた仔馬とオーブンを交換してもらい、お母さんにプレゼントするのです。
大いに涙をそそるローラの親孝行ですが、商売人のオルソンさんと、ちゃんと物々交換ビジネスを持ちかけるローラ、なかなか大したものです(!)。

オーブンが無い頃、お母さんのお料理の熱源は、ほとんど暖炉でありストーブ。
ダッチオーブンやスキレットを使って、殆どのお料理を作っていたみたいです。
暖炉でパンまで焼いてしまうキャロライン。強火、弱火、中火という火加減も、薪の出し入れで調節し、「料理上手 ≒ 火使い上手」で家族の健康と安全を守ります。
キャンプさながらの暮らしの中、ローラがプレゼントしたオーブンで、キャロラインのお料理レパートリーはグッと広がったことでしょう。

さて、どんなお料理を作っていたのか、この本で覗いてみます。

大草原の『小さな家の料理の本』
~ ローラ・インガルス一家の物語から〜
著者:バーバラ・M・ウォーカー
訳:本間千枝子・こだまともこ
絵:ガース・ウィリアムズ


目次を見ていてやたらと目に付くのは「トウモロコシ」に「コーンミール」の文字。
「とうもろこしの固焼きパン」、「とうもろこしパン」、「コーンミールのマッシュ」にポップコーンetc..
「- - -汗流そう 麦の畑で 土のにおいさせて〜♪」
・・・と、主題歌の歌詞にもあるように、麦畑を開拓していく「お父さん」ですが、麦はさほど主食ではなかったようです。
換金性が高い麦は、売って現金収入の元にしていたのでしょう。

折しもこの時代、ヨーロッパは戦争の混乱期で、小麦が不足していましたから、アメリカの小麦は高く売れたのです。
でも、美味しいパイやケーキに小麦粉は必須。それだけに、小麦をつかったお料理についての描写は、ハレの日感に溢れています。日本でお赤飯を炊くように、主婦は「パイ」を焼いていたみたいです。

   ・パンプキンパイ
   ・アップルパイ
   ・干しリンゴと干しぶどうのパイ
   ・ミンスパイ
   ・チキンパイ
   ・ブラックバードのパイ(!?)
   ・ビネガーパイ(!)

お肉のパイは、いつもの料理にちょっと手を加え、消化の良い小麦粉の生地と一緒に頂けるご馳走仕立て。パイは、食材の水分を失うことなくジューシーに柔らかく蒸し焼きにする調理法でもあることが、料理の描写から感じ取れます。料理の、ご馳走としてのプレゼンテーションだけでなく、肉汁も無駄なく食べる工夫でもあったよう。
椋鳥さん
ところで、「ブラックバード」とは・・・!?
これは、カラスではなく「椋鳥(ムクドリ)」の一種とのこと。

「ビネガーパイ」は、クエスチョンが浮かぶ一品ですが、これは本来はカスタードにレモンの酸味を利かせた甘酸っぱいレモンパイの、レモンの代用としてお酢をつかったもの。
レモンが買えないお家のパイということで、別名「貧乏人のパイ」なんて言われ方もあったそう。

   ・カエデの糖蜜(メープルシロップのこと)
   ・ラードとそのかす
   ・バター
   ・リンゴの芯でつくるビネガー
   ・ベーキングパウダー

「ビネガーパイ」に使うお酢だって自家製。「リンゴの芯でつくるビネガー」も、なかなか印象的です。

ターシャ・テューダー(1915~2008年/バーモンド州に暮らした絵本作家)のアップルサイダーのように、リンゴ果汁をふんだんに使ったリンゴ酢とは異なり、溜め込んだリンゴの芯を使い、プリザーブの上澄み(たぶんジャムを炊いたときすくったアクなど)や、糖蜜の樽を漱いだ水などに含まれる微かな糖を活かして醗酵を促すというもの。
キッチン科学を経験でマスターしていなければ、この時代の主婦は務まりませんね!

<つづく>



2019年10月19日土曜日

『大草原の小さな家』



懐かしいドラマが、再び(!!)
が、な〜んだ、BS4Kだけかぁ)))
・・・と、肩を落としていたところ、BSプレミアム(土曜日8:30am~)でも始まっていた!♪
いや〜懐かしいなあ)))。
第1話のネイティブアメリカンが出てくるシーンなど、強烈に覚えています。
町で唯一のよろず屋を営むオルソンさんの離婚騒動や、先天的に足の悪い女の子の為に、お父さんが靴をつくってあげる回もあったし、お母さんが破傷風で生死の境を彷徨う話もあったなあ)))。
傷の消毒に熱湯消毒した布巾をジュッと当てている(火傷しちゃうじゃないか!)シーンは、衝撃だった。))
電気も水道も無い暮らし。暖炉の火で、コーヒーを湧かし、パイを焼く。自宅出産に、訪問医療。

ちょっと時代考証してみました。

原作者のローラ・E. インガルス・ワイルダーは、1867年生まれ。この物語は彼女自身の家族のことを書いたお話です。(原作「Little House in the Big Woods」,「インガルス一家の物語」)

1867年といえば、日本は幕末、近江屋事件で龍馬が殺害され、大政奉還がなった年。
ペリー来航(1853年)から 14年。捕鯨船に助けられ、アメリカに渡ったジョン万次郎もとっくに帰国して薩摩藩に招かれている。インガルス家のランプの燃料も、クジラの脂だったろうか・・??
ゴールドラッシュはローラが生まれるちょっと前のカリフォルニア。(インガルス家のお父さんも、ゴールドラッシュに乗って金を取りに行く回がありました。ジョン万次郎も日本への渡航費を金で稼いだけど、お父さんとニアミスしてたかもw。)
この頃には南北戦争は既に終わって、リンカーンも暗殺されている。

お母さんのキャロラインと『風と共に去りぬ』のスカーレットが同世代ぐらいだろうか。
スカーレットの暮らしぶりと照合すると、こちらはなんだかえらいワイルドライフ。南部の繁栄と、南部が軽蔑する“ヤンキー” の格差といったら・・・。
オルソンさんは東海岸の商売人で、この集落では一番のお金持ち。その娘ネリーは、お嬢様気取りでいるけど、「南部のお嬢様」に比べたら、全く歯が立たないですね。でも小さな町の女王様もプライドだけは負けないw。

黒船来航から20-30年後のこの頃、西洋列強の文明に目を白黒させていた日本だけれど、開拓民の人達の暮らしをみるにつけ、いやいや、大して変わらないのでは??という気もする。どこも地方はそんなものだったのでしょう。
西部開拓・・といっても、まだまだ中北部のサウスダコタ州。

世界は激動の19世紀。これもまた、「世界の片隅で」のお話。

250歳のアメリカ、若い!

子供の頃、素直にエピソードを楽しんだドラマ。50年の時を経て、「世界の片隅」が伝える時代の風俗ーーそんな視点でこのドラマを見ています。

次回から、お料理を切り口に、少し語ってみるとしましょ。


2019年10月17日木曜日

桂花醬 と 桂花茶会



猛暑の影響でしょうか??
今年の金木犀は小さくて、花の数もちょっと少ない気がします。

それでもなんとか恒例の桂花醤をジャム瓶2ケ分仕込むことができました。

この桂花醤、桂花茶会で初モノとして、加わりました。

お饅頭にも香りを添えて・・・♪

秋の名月は、月の金木犀が満開だから。そんな言い伝えは、きっとどこからか漂う金木犀の香りと共に、月を愛でていた人が語ったのではないだろうか。

お茶の香りも桂花香。個性豊かな鳳凰単ソウの醸し出す甘い香り。
あ〜〜えぇ〜〜なぁ〜〜)))





2019年10月10日木曜日

桂花茶会


台風の心配をしながらの茶会の準備。
本日、広島は大丈夫圏内に♪
(でも、房総半島はじめよそがあちこち心配です・・・)

さて、明日から茶会。
13日に1席キャンセルが出ました。
お席ご用意できます!!

ご希望の方は、HPのお問い合わせ窓口からどうぞ。
http://epice.biz



2019年10月5日土曜日

11月の料理教室 



お待たせしました!

いよいよ、やっと、肉まんです!

これまで度々リクエスト頂いておりましたが、醗酵モノは、時間的に厳しいことが多く・・・タイミングがあいませんでした。

今年は、「定番料理を一層美味しく!」をモットーに展開しています。
今年もあと2カ月となり、秋の風を感じる頃。ここはやっぱり、美味しさと安全の豚まんを、ご紹介しなくてはと思います。
わりと買いやすい加工食品ではあるけれど、満足のいくものにはなかなか出会えないのが豚まんだと思います。
手間暇掛けるなら、市販品より一段二段上の美味しさと安心がなくては。

そんな訳で、具だくさんで、ヘルシーな豚まんと、あんまんを作ります。
あんまんも、特別な手作り餡で作ります。

お楽しみに!!


  内容:・豚まん
     ・あんまん2種
     ・白灼油生菜
     ・スペシャル烏龍茶


  日時:2019年   11月 2日(土) 10:30〜14:30 あと1席
               6日(水) 10:30〜14:30
               9日(土) 11:00〜15:00 あと1席
              10日(日) 10:30〜14:30 


10月 桂花茶会



まずは前回ご参加の方、そして料理教室の皆さんに先行予約で受付・・・としたところ、blogにUPする前に、満員御礼になってしまい、お知らせ出来なかった方が沢山でてしまいました。
お声掛けできなかった方々には、心よりお詫び申し上げます。

前回の紅茶のいろいろ・・に続き、今回は、私達がいわゆる「烏龍茶」と呼んでいる最も身近な中国茶をご紹介する企画。
大航海時代からの世界のおおきなうねりと共に、大きく変わった中国茶。
本当に美味しい烏龍茶って??

テイスティングをしながら、舌磨きになるお茶を召し上がって頂きます。

来年度、中国茶シリーズ検討中ですので、今回ご参加叶わなかった方で、ご興味の或る方は、是非メール等でご一報下さい♪

maki@epice.biz


2019年9月5日木曜日

朝ごはん


朝ごはん。皆何を食べているのでしょう??

私は二十歳になるまでは、自宅暮らしで、朝食といえば九割方、御飯と味噌汁に漬物・・・冷や奴がしばしば(+お弁当のおかずの残り)、といった感じでした。

毎日毎日、毎朝毎朝・・・味噌汁(いりこ出汁です)。
漬物は季節でほとんど同じでしたが、一応味噌汁の具は日替わり。

70年代になってから、近所に焼きたてパン屋が出来て、時々日曜日は「焼きたての食パンに珈琲(だったのかな?)」みたいなこともありました。
熱々の食パン。ふわふわすぎて、カットできないのですよ。
だから超厚切り。
今考えると恐ろしいけど、たっぷりジュワ〜〜っとマーガリンを滲ませて・・・。
パンと牛乳たっぷりのミルクコーヒー(※当時はカフェオレという言い方はしなかった)なのに、非日常のそれは、しばしばご馳走気分にしてくれていました。
目玉焼きが付いてたかな?? 
ホテルの朝食も知らない頃のあやしいイングリッシュブレイクファーストですw。


東京ひとり暮らし時代は、只只時間に追われ、朝は菓子パンと紅茶なんてことが多かった。
仕事上の接待等々で、結構ご馳走も頂けていたはずなのですが、それ以外のデイリーには何を食べて生きていたか、ほとんど思い出せません。
今振り返ると、この時期に、体の貯金を沢山使ってしまいました。

若い時の貯金(必ずしも体脂肪とイコールではありませぬ、肝臓に蓄えられるグリコーゲンとか、血液の充実とか・・そんなもの)は、いざ出産!とか、大病したときの為に必要なものだから、デイリーに無駄遣いしてはいけないのだと、今はひしひし思う次第。

だから、蓄えを使わずして補充するには、やはり活動時間のエネルギーとなる朝食と昼食をしっかり摂ることがとても大切だと考えます。
(考えても出来ていないことがおおいのですが・・・。)


写真は、この夏の、比較的時間にゆとりがあるときの我が家の朝食。

・和定食は、気張って出汁たっぷりの出汁巻玉子に味噌汁。
 玉子5ヶに出汁を100cc以上(二人分です)。
 何度作っても"チャレンジャー企画"な出汁巻。

・チーズトーストと作り置きのキャロットラペ(+ゆで玉子)と紅茶。
 キャロットラペは、コールスローやポテトサラダに代わることも。

・取り寄せた横浜中華街の豚まんと豆乳に中国茶(hot)。
 蒸し器で温めるだけですが、肉感いっぱいで温まり、気合いが入ります。

・玉子たっぷりのヨークシャープディングにカスタードクリーム+紅茶、
 ヨーグルト入りの果物ジュース。
 これはちょっとお菓子っぽくてヘルシーといえるかどうか・・・。
 でも、気分がUPする朝ごはん(?)です。
 

そもそも、朝ごはんにバリエーションなんて必要ない。毎日同じように食べても飽きることのない食事が健康食なんだと、半生を振り返って思います。
ごはんとお味噌汁。そんな食事が、今は当たり前でなくなりつつあるようで。

「変化はご馳走」子供の頃からの印象は根強く意識に残っていますが、「変化は健康」とは必ずしもいかないのだ。アレが悪い、コレが悪いと食材やその成分や添加物について語る以前に、バイオロジカルな変化のスピードと合わないハイペースライフについても、再考が必要かと思う今日この頃。反省も込めて。

気ままな朝食で始まる一日ですが、一日一食は、「ごはんと味噌汁」を。
それが私のささやかな心掛けです。

今はオクラと豆腐の、ちょっとトロッとしたお味噌汁が気に入ってます(^^)。

つづく



2019年8月21日水曜日

「薬食い」と肉食

「ローストビーフ」というより、しっかりめに火を通した「たたき」
ここ数年、毎年夏は、甘い物を控え、おやつにプチローストビーフを少〜し頂くようにしています。塩と蒜を擦り込んで、粗挽き胡椒を塗してあぶり焼きした、「ローストビーフ」というより、しっかり目に火を通した「たたき」です。(この暑いのに、オーブンに火なんていれられようかいw。)

お陰で(たぶん)夏バテ知らず。

6−7年前までは、夏と言えば食欲減退で体重減、だる重〜で。。夏は苦手な季節でした。
いえ、今でも苦手には違いないのですが、付き合い方を心得てきたという事でしょうか。

どうも暑さに弱い方は、痩せ型で胃腸の弱い方が多い気がします。
夏はどうしても水分補給で胃液も薄まりがち。冷たいモノも欲しくなって、内臓を冷やしがち。素麺、冷や麦、冷麺・・・と、つるつるっと頂ける炭水化物に偏りがち。
それら諸々が、少しずつ脾胃に負担を掛け、夏後半に悲鳴を上げるのかもしれません。そもそも体内の消化液も蛋白質から作られるので、夏だって蛋白質はしっかりいただきたいものです。

お店に並ぶ定番は、牛肉、豚肉、鶏肉ですが、この中で、最も脾胃のエネルギーをくれるお肉が牛肉。
牛肉は、補気、健脾、養血強壮の食べ物。内臓下垂にもよいとされています。
高級な霜降り肉ではなく赤身モモ肉などを、トマトや玉葱スライスなんかと一緒に、またはお酢の利いたマスタードや柑橘香る柚子胡椒などと共にさっぱりと頂くと、なーんか元気でいられるのです。

思えば、日本人の肉食は明治維新以降・・・というのは、たてまえで、江戸時代の人も「薬食い」と称し、または「ぼたん(猪)」、「もみじ(鹿)」に「桜(馬)」と隠語で呼んで、禁忌の肉を食していたそうな。それに、鶏肉や卵を食べることには、比較的寛大だったようで(もちろんご馳走だった)。

でも、家畜を連れ歩いて戦争していたヨーロッパの人達に比べたら、やっぱりお肉との距離は遠いのですね。日本人。
蛋白源は、お肉よりお魚だった・・・。
中国も、あの庖丁とまな板を見れば一目瞭然。「肉食」だ〜!あの、斧のような庖丁は、豚骨だってぶっ切ってしまうのだから。
また、あの万里の長城! あんなもので、異民族の侵入が防げたのだろうか???と、長年不思議に思っていたけれど、あれ、食糧の羊が越せない高さになっているのだそう。
米や味噌と違って、"食糧"自ら歩いて付いてきてくれるのだから、なるほど合理的な「兵糧」です。そう思うと、アチラの刀が、斧みたく太っといのも、ちょっと納得できます。

一方、日本といえば、三種の神器のひとつが剣でしょ。
仏教伝来以降、不殺生の教えを、宗教を担う僧侶らに留まらず、一般人までが広く守って来たのですから。 加えて、お肉を食べなくても、お魚があった(!)
刃モノはスーッと細くて美しいものになったのかもしれない・・・。
刺身包丁を見て、「刀みたい〜」と言ってる貴方。刀が「刺身包丁みたい」なのかもしれませんw!??

添付の写真のお肉、薄く削ぐには、刺身包丁が使い良いことw。


2019年8月17日土曜日

『千と千尋の神隠し』 イモリの黒焼きにミミズの干物



夏はアニメ、TVでジブリが恒例となっていますね。
ジブリ映画では『もののけ姫』が一番好き。テーマも、時代も、音楽も。(美輪さんの声も!)
今夜は『千と千尋の神隠し』でしたが、つい・・やっぱり見てしまいました。

一番好きなシーンは・・・もちろん最終の龍(ハク)が迎えに来て龍に乗って帰るところ。そして、腐れ神(かと思われたが実は名のある川の主)が薬湯に入って回復し、帰って行くところ。
能面の翁顔のおじいちゃん神様。お風呂の背景も能舞台みたいです。
要するに、龍の絵が好きなのだ。



龍が河川の神様という設定も素敵です。
水は命の根源。海よりも河川の恩恵を受けてきた中国らしく、その遡る水源は、天空の海とも賞される湖もありヒマラヤ以北に広がる「世界の屋根」チベット高原。
龍は、雲をおこし雨を降らせもする自然界の偉大な水の力。高貴で勇ましく、力強いイメージで、皇帝は龍の子孫とされています。物語の中の川の神様も、そんな中国の伝統的な意識から発想を得ているのでしょう。

春秋戦国時代以前の龍は、足が無い絵が殆どだったそうですが、後世で足(ちょっと鶏っぽい足ですw)が付きました。
映画では、手足が付いた龍です。鬚も長くてエレガント〜。
ちなみに、龍の顔は、ジブリではオオカミのような、どちらかというと犬系のカッコイイ顔にスッとシャープでインパラのような角ですが、中国の伝説では龍は「鹿の角、牛の顔、大蛇の体に魚の鱗、鷹の爪を持ち、口ひげが生え、顎の下には珠がある」姿の生き物とされています。(「鶏の足」という描写はない??)

ファンタジーの中で目一杯シンボリックに描かれた河川の汚染や開発という名の下に行われる自然破壊。「沼の底」駅は、ダムに沈んだ町のイメージでしょうか。
大人の為のアニメはやっぱり深い。


そうそう、釜じいの扱う漢方薬について。

①釜じいがリンに渡した「イモリの黒焼き」

@台北:漢方薬局で


















イモリは、滋養強壮の生薬。
日本では黒焼きが「惚れ薬」なんて呼ばれたりしたらしく、それがアニメの中でも描かれています。中国漢方だとこんな感じ(写真)。

強壮剤なので、雄雌対でくくって売られています。(「黒焼き」にはされていません)
漢方版バイアグラをこんなアニメに偲ばせるなんて、宮崎駿監督、何を考えているんだw。でもこれ、実は『千と千尋・・』は、「少女が娼婦に身を落として親の罪を償う」というのが元々の発想にあり、「湯女(ゆな)」も「娼婦」の隠語なんだという。
エグい設定をファンタジーというオブラードにくるみ、観客に謎掛けしてくる宮崎駿なのでした。

②ミミズの干物入り薬湯。

ミミズは、解熱の特効薬。生薬名は「地竜」(!)。
なかなかカッコイイ名前ですが、これ、オオミミズの乾燥です。
アニメでは粉末を薬湯に加えていましたが、そのままもどして煎じたりは・・・したくないなあ〜。
血圧降下、解熱、鎮痙、利尿、解毒薬としての効能があるといいます。
人間社会の汚物にまみれた神様が「油屋」に清めに来て入る薬湯ですから、生薬もちゃんと解毒のものを選んでいる(!)。 流石!

③苦団子。
何の生薬かは不明ですが、こちらも解毒剤のよう。解毒力のある食べ物は苦味のものが多いのです。同時に熱(炎症)を取ったりもします。

苦団子を食べさせられた「カオナシ」は、食べあさったものをぜーんぶ吐き出して元の無害な状態に戻りますし、龍姿のハクも、苦団子を食べさせて、魔女の印鑑を吐き出します。

昔の人ならこれらの描写の指し示す意味も、すぐに理解できたでしょうけれど、私達には、理解にちょっとワンクッション入ってしまうことも多々あります。
『千と千尋…』は、社会の入り口にいる若者へのメッセージをふんだんに盛り込んだ大人のアニメ。でも、もちろん子供も楽しめる作品。
映画にしても小説にしても、いろいろ盛り込まれていたとしても、見る側、読む側は、受け取れるところだけ受け取って、解るところだけ解ればいいのではないかと思ったりします。
また何年かして見た時、異なるメッセージを受け取ることが出来るーー。
読み返した小説に、違う面白さを見つけることができるのと同じようにーー。
それでいいのでは?

小さな子供に「イモリの黒焼きって何?」て聞かれたら、どう答えよう??
そんな試練もまた一興。大人の試練かも。



PS:先のブログ、三国志についての説明に、一部誤りがありました。
   訂正を入れて更新済ですが、その前にご覧になった方、大変申し訳ありません。
   是非また読み返していただけたら幸いです。




2019年8月12日月曜日

クレオパトラと毒薬

夏闌の8月。デパートのブランドショップは、なんとウールのコートのディスプレイ(@@;)。「早すぎだよ〜〜!」と思いながらも翻って、私も今のうちに、秋冬の企画を出しておかねば!と、衿を正す。・・って、この暑さで、着ているのは衿なしアッパッパワンピースばかりなのですが。

精一杯の想像力で年末のお料理や茶会のテーマにお茶選び・・・の、その前に、今どうしてもやっておきたいのが、世界史の復習。
もはや料理のことだけ考えていては、料理もお茶も分からない!!
今世の中で起こっている様々な問題も、「そもそも論から知らなくては」という思いにも駆られます。
令和元年って、そんな年。
今を素通りしていたら、もう後が無い、取り返しが付かない。そんな世の中への危機感いっぱいの年のように感じているのです。
ピンチはチャンスとも言うから、これがいい転機となるよう祈りつつ・・・。

さて、昨今の発掘調査の飛躍的進展ぶり!!
最新科学の力で、次々と明らかになっていく古代の神秘!
先般も、東京国立博物館『三国志』展を見に行ってきたのですが、2009年に発見された曹操高陵(中国河南省)の出土品が幾つか来ていました。三国志といえば、時代は2−3世紀。『三国志演義』は、3世紀に書かれた歴史書『三国志』を元に、明代(14~16世紀)に想像力で膨らませてロングストーリーとなった不滅の大ベストセラー。
英題は『Romance of Three Kingdoms』。今も多くの人のロマンを誘います。
(ロマンスには、空想小説/作り話という意味もあるのです。)


高陵で見つかった曹操のものと思われる棺の中の骨の分析で、顔が復元されたり、持病(頭痛の伝説)の信憑性などもわかってきているのだそう(!)。

トルコのアナトリア地方の発掘調査でも、トロイの神話の根拠が見えてくるような発見があったり、リアリティが増すと共に数千年という時間がググッと縮まってきています。

時には、私の怪しい中年雑学の知識や旅の記憶が微かにリンクしたりすることもあり、そんなところも、ひと歳とってからのお勉強の面白さ♪
ついつい、寄り道も増えてしまってなかなかスピーディーにはいかないのですが・・・まあそれもじっくり関われるところも熟年勉強の旨みです。

歴史は、自分が興味が或る人や時代、ちょっと知ってるところから、その前後を探っていくと、芋づる式に知識が広がる気がします。
ブログでは、そんな、あえて脱線した「寄り道」部分を、出していきたいなあ。))


今日の「寄り道」は、今更いまさら・・の「クレオパトラ」。
一昔前の映画では、絶世の美女の誉れ高き女優さんが演じてきましたが、実際は美人かどうかは不明なんだそうですね。デスマスクのような再現をテレビで見たときは、鼻筋が太くてちょっと男性的な印象でした。
何カ国語も使いこなせる知性と教養の持ち主であったのですから、復元のお顔では表現できないカリスマ性とオーラに溢れていたことでしょう。また、当時最高レベルの文明を築いていたエジプトの富を纏っていたはずですから、服飾も美しい印象を増長していたことと想像します。
美容の為に酢に溶かした真珠を呑んでいたとか、絨毯にくるまってクーデターの中脱出してシーザーの元へ現れたとか、最期も美しく毒蛇(コブラ)に胸を咬ませて自害したとか、伝説も多く、映画ではここが華よと描かれています。最初の真珠を呑んだ話は、賢いクレオパトラなら大いにあり得そうな演出だけれど、後の二つは、あり得ないらしいです。

殊、蛇の毒については、神経毒故、即死どころか、数時間〜数日苦しんだ末、最終的に呼吸困難で死ぬらしいのです。キングコブラだと数時間、エジプトに生息するアスプコブラの毒だと数日も掛かるとか!!
キングコブラ、ギャオ〜〜!
しかも、3mにもなるヘビは伝説にある「無花果の籠」にはとても入らないw。
だから、蛇の毒ではなく、服毒自殺であったというのが通説です。

さて、その毒とは・・・!!
 アヘン、ドクニンジン、トリカブトの混合薬 (“Hemlock, mixed with wolfsbane and opium”) であったろうと、古代の医学に関する文献を調査したドイツの歴史学者クリストフ・シェーファー (Christoph Schaefer) 教授。
http://edition.cnn.com/2010/WORLD/europe/06/30/cleopatra.suicide/index.html

アヘンは、昔は毒とされていなかったようですので、苦しまないように調合されたのかな??(古代中国の薬学書に、水銀やアヘンがしばしば高級なお薬として記されていたりします。秦の始皇帝は不老不死を求めて水銀を服用し水銀中毒で亡くなったとも。阿片もかなり後世になるまで、頓服のような形で使われるお薬だった。)


40年近く昔の里中満智子さんのマンガ『クレオパトラ』で、死刑囚を実験台に、女王が美しく死ぬための毒薬研究をしているシーンが描かれていましたが、あんな風だったかもしれません。(・・・と、帝政ローマのプルタルコスが書き残しており、それを元に描かれた絵画も有名になったらしい。漫画家さんて、ほんと専よく調べていらっしゃる!!)
阿片とドクニンジン、トリカブトの薬が、果たして“quiet and pain-free death” となるのか??

トリカブトは、根、葉、茎、種、花や蜜にまで全てに毒があり、葉っぱ1枚で致死量という猛毒。
昔の毒矢は、このトリカブトを使っていたらしいですが、皮膚からも毒が入るので、触るのも憚られる。毒を仕込む方も、さぞやハイリスクだったことでしょう。


漢方名は、附子(ブシ)。

「一説では、トリカブトの毒にやられた人が苦しみもがく形相のように歪んで見苦しい容姿のことをたとえて “ぶし” と呼ぶように也、それが現代語の “ブス” の語源になったとか?」https://tenki.jp/suppl/kous4/2016/10/12/16361.html

猛毒ですが、真武湯、桂枝附子湯、八味地黄丸等々、漢方薬の配合で、附子が微量使われているものも少なくありません。

トリカブト。これもやっぱりもがき苦しみ・・・ “ブス” になっちゃうではないか!
ブレンドされた阿片が、その苦しみをどの程度抑えてくれるのか・・・???
はたして、クレオパトラは、本当に「美しく死ぬ」ことが出来たのでしょうか??

最後に、マイコレクション、シネマアルバム⑰⑱(芳賀書店)より、不滅の美しさ、二人のクレオパトラ画像を♪

1963年制作『クレオパトラ』のエリザベス・テーラー
1945年制作『クレオパトラ』のヴィヴィアン・リー

2019年8月7日水曜日

9月の料理教室(2) スパイススタディ



9月のスパイスは、山椒を取り上げます。

山椒は、蜜柑の仲間って、ご存知でしょうか??

粒々を、よく見ると、みかんの皮のような小さな点点があります。
蜜柑の皮には、蜜柑を乾燥から守る精油成分含まれていますが、それはこの点点の部分に多く含まれています。
その主なものがリモネン。
リモネンは、柑橘類はもちろん、爽やかな香りのスパイスや、ハーブ類にも含まれているものが多く、血行促進、抗菌効果や鎮静、リラックス効果、食欲増進効果などで知られています。

柑橘類やセリ科のハーブや種の種類のバラエティは、土壌や気候の違いから生まれるのでしょうか。
山椒も、それぞれ産地や種類で香りも刺激も異なります。
そんな違いを、料理にも上手く活用していきましょう♪

お・た・の・し・み・に!

日時:2019年  8月31日(土) 11:00〜15:00
           9月 4日(水) 10:30〜14:30
                       7日(土)、8日(日)10:30〜14:30

2019年8月6日火曜日

『間違いだらけの腸活の常識』



本屋さんの書棚、レイアウトのニュートラルな立ち位置は、しばしば読者にとって「ずるい!」となる。特に健康関連書物のコーナーなど、それが顕著なの。
腸にイイコト満載の腸活の本の横に、こんな新刊が! そのウソほんと!? 的に並んで置いてあるのです。

大きな文字に軽快なタッチの見出し。一見軽く読めそうな類に見えて、立ち読みでは済まされそうにない内容故、購入。


たとえ簡単に読めそうな本でも、時間のない私は、更にザッと要点だけ知りたい!
そんな方の為に、エキストリーム・ストリームと行きましょう♪


この本は、他論を批判するモノでも、反論でもなく…要するに、著者の藤田紘一郎先生がおっしゃりたいのは、
「自分の体(ここでは腸!)の声を聞きましょう〜! そしてその声は、体をリセットしたら聞こえてきますよ〜!」ということのようです。

タイトルの「間違い」が示唆するのは、「発酵食品を積極的に摂ることが、体にいい結果をもたらす」という考えで、「"いいこと"とされていることばかりすることが、良い結果になるとは限らない」ということ。

人の嗜好には、脳がほしがるものと、腸がほしがるものがあって、後者が生理的に体が必要とする食欲なんだそうです。
--- そもそも食べ物の好き嫌いを知っているのは「腸」。
「脳はバカで腸はかしこい」バカな脳は「体によいか、悪いか」よりも
 「気持ちがよいか、悪いか」を求めがち。
(→だからジャンクフードや甘い物がやめられなくなる。)

本のオビにある「長生きする人ほど扁食家」という言葉も、その扁食が、「腸の欲するがままに!」のものであるという前提です。
自分の体が分解できないもの=自分が持っている菌との相性がわるいものは、腸が拒絶するんです。そして嗜好として「好きじゃないもの」に。だから無理して食べなくて宜しい…と。

なんだか人間の意志は、まるで腸内細菌が決めているかのような話になってきましたが、あれれ、こんな話、何処か他でも読んだな。。。
ハイ、ジュリア・エンダースさんの『おしゃべりな腸』

人間の生理現象は、脳でコントロールできるような簡単なものではないのですね。))

モノに溢れ、情報に溢れ、私達はアップアップしている。そんな中で、何を買うか、何を食べるか・・・モノや情報を選びきるために、脳を駆使している現状。脳ありきで生きていることの落とし穴を言及する書となっているのでした。
そこを主軸に、最後の具体的提案には、これまでも語られてきている健康的な食生活のための諸々を、改めて列挙してあります。


--- エネルギー源、ミトコンドリア系 v.s. 解糖系
  細胞無いのミトコンドリアで酸素を作ってエネルギーを作る=ミトコンドリア系
  血中のブドウ糖を細胞内に取り込む=解糖系
  50過ぎたら、前者が優先的になる方がいいという提案。

--- 50歳過ぎたら、炭水化物を少なめに、週2回は肉を(野菜と共に!)。
  ホルモンの材料となる蛋白質を!
  体の主成分は蛋白質。20種のアミノ酸(内9種が必須アミノ酸)で出来ている。
  幸せホルモン、セロトニンの材料は「トリプトファン」。   
  体重1キロ当たり1gの蛋白質が目安。
     (肉魚100gには20g, 卵60gには7g, 豆腐300gに20g)

 --- 1日大さじ1杯の酢を摂る。
  腸内細菌が作り出す物質、短鎖脂肪酸を摂りたいから。

 --- 抗酸化食品を摂る。
  マトのリコピン、人参のβカロチン、 赤パプリカのカプサイシン、緑茶のカテキン
  ブロッコリーのゼアキサンチン、ホウレン草のルティン等々がそれ。
  これらはプラス油脂で、吸収力UP。

 ---- 体によい油脂を摂る。
  油脂は、腸の細胞膜を作る材料。必須脂肪酸、オメガ3系:6系=1:4が目安。

 --- 発酵食品を摂る。
  ※偽発酵食品を摂らない!
     味噌、ぬか漬け、ヨーグルト(人によって相性が異なる)、納豆、みりん酒、かつお節


--- 免疫力を高める食品を摂る。
 腸に70%以上集中している免疫細胞を活性化させる。
 キャベツ(イソチアシネート)、ニンニク/玉葱(アリシン)、大根、山葵、菜の花、ブロッコリー等々。コレラは血液サラサラ効果、体悪玉コレステロール

--- 食物繊維が豊富な食品を摂る。
 水溶性食物センチと不溶性食物繊維それぞれ必要


ああ・・・こんなに書いたら、全然ストリームじゃないですね。
本を読むのと変わらないじゃないかとお叱りをうけそうです。
でも、これだけ読んだら、本を読みたくなってくるのではw?


読み終えた印象は、編集さんの売れて欲しい気持ち溢れるカバーにタイトル、見出しに反してそれほどの奇抜な内容ではなく、おしなべて真っ当な理論の展開。
栄養科学談も、ごくごくシンプルに解説してあって、すぐに実践に活かせるようにという優しさたっぷりのご本でした。

押さえるべきツボは押さえつつ、ほどほどいい加減が健康の秘訣かも??
(^_-)-☆

2019年8月1日木曜日

苦うま


写真は、昨日のNHKカルチャーでご紹介したゴーヤ寒天入りフルーツポンチ。
ゴーヤ寒天には少々苦みと青臭さがあるのですが、暑さたけなわの時にはなんともウマイ一品です。(今期は腸活がテーマなので、甘味は全てオリゴ糖シロップをベースにしました。)
33℃越えの正午過ぎ、皆さん、湯気が立ちそうな様子で会場にご到着。
皆一様に美味しく感じたようでした。

五行、五味では、夏は、苦み・・・に相当しますが、ゴーヤを食べるとそのことに偽りなしと、膝を叩きたくなります。

高校野球の選手達には、ゴーヤ寒天ではなく、沖縄仕込みの「ゴーヤしりしり」(ゴーヤのすり下ろし汁を加えたジュース)をゴクッゴクッといかせてあげたいところ。咽の渇きがスーッと引くぞ〜♪

ところで、苦いものを食べたわけでもないのに、口の中がやたら苦く感じる時、それは熱がこもっている状態(熱証)であるサインかもしれません。
「ゴーヤが美味しい〜♪」というのとは違って、本来苦くないはずのものを苦く感じたりするのです。
例えば、蛍の歌じゃないけど、水が苦いと感じたりするのです。
ついでに、口が甘い、粘るのは、湿熱。
味を感じないのは、脾胃気虚(消化器のエネルギー不足)。

味覚は、体調によって左右されるということです。
同じレシピで料理しても、味が違って感じたりすることがあるのは、調味料など素材そのものの味が変わったりすることに帰因することも多少あろうかと思いますが、たぶんその殆どは体調のせいでしょう。

味の絶対値がある舌をもつには、体調管理が万全でなくてはなりませぬ(!)。

だから料理人が健康であることは、とっても大事だと思います。

余談ですが、祖母が昔、お腹が痛くなったとき、「もぅ〜苦るとも、苦るとも・・・」と訴えていたのを覚えています。
「苦る」とは、一般には、苦々しく思うこと、不愉快な様子をさすらしいですが、広島弁では、ズキズキ痛いとか、鈍痛とか、体の中が痛む時の、痛みの表現に使います。
私の語彙にはない言葉なのですが、なんとなく口が苦い時に「苦る」と言う言葉が頭に浮かびます。でもこの使い方は間違いですね。

また、胃薬にも苦いものがけっこうあります。
「熊胆(ゆうたん)」なんて漢方薬は、熊の胆汁を配合したお薬で、その代表。他の動物の胆汁を配合しているものもあるようです。
「センブリ」も苦いお薬。「当薬」=「当にお薬とすべし」とも呼ばれています。
「良薬口に苦し」なんて言葉は、こんなお薬から生まれた言葉かも知れません。

苦みのあるものには、体を冷やすモノが多々あるので、今の時期にはとかくプラスも多いけれど、冷えが原因の疾病には、気を付けましょう。


2019年7月29日月曜日

次回料理教室のご案内



今年は、長い夏休みを頂いております。
アウトプットするにはインプットもしっかり出来ていないと。
机の周りにできた「積ん読」が、雪崩を落とさないうちに、少し消化しておきたいと思って。
それから!
体力作り月間!!

昨今の猛暑の夏、海に山にとアクティブなこれまでの夏休みのイメージは一掃され「運動を控えるように」と警告が出るほど。ただでも食欲減退で苦手な夏なのに、運動もできないとなると、筋力ダウンの心配も。涼しいジムなどに出掛けて涼しい中で筋トレしたり、ちょっとゆったりと自分の体と向き合う時間をもちたいと思っている次第。

ついでに、腸活も実践中。

長い言い訳になりましたが、そんな最中にも、今年の下期教室の準備を少しずつ手がけています。

9月のテーマはお豆腐。そして四川料理♪
「当たり前のお料理をより美味しく!」という今年のテーマに則り、メインディッシュは、麻婆豆腐。
スパイス・スタディは、麻婆豆腐に欠かせない山椒!
山椒も、いろんな種類、香りの違いがあるのです!!

お豆腐は、今や日本料理には欠かせない食材ですが、そのルーツはやはり中国。
中国では、豆腐は「国菜」(=国を代表する料理)といわれているそうで、毎年9月15日には、豆腐のお祭りまで開かれているのです(於・安徽省淮南市)。
今では世界中に広がる、すっかりグローバル・ヘルシーフード。
日本には、奈良時代にあの、鑑真和上が伝えたといわれています。中国では、紀元前の前漢に淮南王劉安によって生み出されたという説が語られていますが、庶民に普及する迄には相当な年月を経たようです。

豆腐は、腐乳、臭豆腐、凍豆腐、油豆腐、豆腐乾、豆腐皮、香乾・・・等々、様々な形へ派生し、食べ方も用途も料理も、江戸時代日本の「豆腐百珍」どころの騒ぎではなく実に多岐に渡っているのだ(!)。まったくおそるべし、中国料理!!

それらを鑑みれば、「麻婆豆腐」など入り口の入り口ではありますが、麻婆豆腐ほど、作る人によってバラエティに富み味わいも異なる家庭料理も珍しいのではないでしょうか?

今回は、麻婆豆腐を切り口に、四川料理とはどんな料理ぞ!?という探訪も、試みたいと思います。

四川料理ってことは、辛いんですね。。。??と、ご心配の方もいらっしゃる?
ご心配なく!
インドにもミルク粥があるように、四川にも優しいお料理があります!!
優しいお味と「麻(マー)」なピリピリでメリハリを出しながら、夏の疲れた脾胃にも優しい取り合わせにしたいと思っています。


   【料理内容】

   ・呉汁&豆乳
   ・炒りこんにゃくの山椒風味
   ・本当の麻婆豆腐
   ・魚香茄子
   ・ごはん
   ・デザート:豆腐花 
   ・パイナップルとハーブのスムージー
   ・美味しい中国茶
     ※料理内容は、一部マイナーチェンジがある可能性があります。

日時:2019年  8月31日(土) 11:00〜15:00
           9月 4日(水) 10:30〜14:30
                       7日(土)、8日(日)10:30〜14:30
                        20日(金)


お申し込みは、8月1日から、メールにて。




2019年7月23日火曜日

サブレ  from リベルターブル

サブレ ヴィエノワユイルドリーヴ

時に手厳しい批評もする食通の友人曰く、「ひとつのお菓子がヒットしたからって他のお菓子も全て美味しいってわけじゃない」と。
彼女ほど手厳しくも食通でもないけれど、私もこれには全く同感です。

ついこの前も、パウンドケーキが美味しいお店のアップルパイが、あまりに普通で拍子抜けしたところ。もちろん、生産者の誠実さは全ての商品に感じられ、どれもそれなりに美味しく仕上がっているのです。が、人気の一品が、あまりにドンピシャと美味しいものだから、他のそこそこが、どうしてもかすんでしまうのですねえ))。

上京最終日、その彼女が、「サブレはココのコレ!」と薦めてくれたのが、リベルターブルの「サブレ ヴィエノワユイルドリーヴ」。
うぅ〜〜舌を噛みそうな名前・・・xx。 
ユイルドリーブは「huile=油」、「d'Olive=オリーブの」、という訳で、バターとオリーブオイルが使われているサブレということになる。
「このサブレが食べたいモード」の彼女が、私の分も買って手土産にもたせてくれでもしなければ、ご縁が無かったかも知れない代物。だって名前すら呼べないもん。

私は無造作にカバンに突っ込んで、新幹線の中で荷物棚に上げたり下ろしたりしてしまい、持ち帰って開けてみたら、7割方が割れてしまっていました。。。涙
なんとか元の形をとどめている3枚を拾い上げ、パシャリ。(上の写真)

ほんとは、ちゃんとまん丸なのよー)))。ゴメンナサイ。

この薄さだけど、アーモンド入りです。 おそるおそるつまみ上げ、口に運ぶと舌の上でほろりと崩れて「砂(サブレ)」になります。

サブレとはフランス語で「砂をまく/ 砂で覆う」の意味があるらしいけれど、お菓子の由来はブルターニュやノルマンディーに接するイル・ド・ラ・ロワール地方の地名とも、伯爵夫人の名前とも言われています。
ともあれ、バター王国フランスのお菓子なのだから、バターをケチったらいけないお菓子ということだけは、明らか。
少しケチってオリーブオイルに??ってことではないでしょうが、油脂の分子の違いで食感に違いがでることは、ラードを使う中華菓子で学んだなあ。))
はたしてリベルターブルのパティシェ森田一頼氏の意図はどこに!??

ともあれ、ふんだんに油脂を使ったリッチなお菓子だから、ほろっ・・・と、壊れてしまうの〜〜〜〜〜!

お土産になさる方は、どうかどうか、優しく扱ってあげて下さいね。

2019年7月20日土曜日

冬虫夏草と昆虫展


冬虫夏草。私には高級漢方薬のイメージ。
でも、キノコ好き、昆虫好き、山歩き好きの人達は、別の視点で見ているんですね。

「冬虫夏草」虫からの視点での展示が、広島市植物公園で催されています。

キノコが昆虫を倒してしまう不思議さに取り付かれた調査隊の皆さんも「中草」のきのこ菌に「感染しているらしい」w。


冬虫夏草は、あらゆる虫で培養が可能なようで、土の中に潜むイモムシを始め、サナギ、成虫の蜂や蝉、カメムシのようなものにも取り付くことができるけれど、取り付いた虫によって効能も様々。
コウモリガの幼虫を媒介したものは正統な漢方薬で、補益補養の薬効があるとされますが、蝉についたものには要注意なんだとか。

騒音級の鳴き声がひびく夏の蝉が生薬になれば・・・!!?なーんて、妄想が一瞬で消えました(涙)。

冬虫夏草を知るきっかけには、「宮廷女官チャングムの誓い」のドラマでした。
あのドラマの中で、チャングムが摘みにいった冬虫夏草は、何の虫のものだったのでしょうか??

そんな疑惑が起こるので、生薬冬虫夏草は、虫付きで売られているのかも。


展示は、写真がメインで、ほぼ毎年植物公園で展示会をしています。
今年見逃した方は、また次の機会に♪

会場に入ろうとしたとき、中から子供が「きもちわるいぃ〜!」と、叫びながら駆けだしてきました。
面白いけれど、確かに気持ちが良い写真ではないとも言えます・・・と、お伝えしておきまーす(^^;)


「冬虫夏草と昆虫展」@広島市植物公園(7/24迄)


2019年6月26日水曜日

「ワインという物語」



美味しいワインて、どんな味??


イタメシ(なんて呼んでいた!)ブーム第一波と共に、甘めの白ワインなどがジワジワと広がりつつあった頃のこと。まだ、ワインは甘さが美味しさだった気がします。
甘いワインといえば、赤玉パンチ(笑)。大正生まれのモダンガールは、養命酒のようにたしなんだとか。
あの時代に、今「美味しい」とされているワインの味は「渋い」「辛い」「マズイ」・・と言われてしまっていたかもしれません!??
いや、ワインは醗酵物だもん。醗酵が生み出す味と香りの受容体は、日本人のDNAにはしっかりと組み込まれているのだ!
その後のワインブーム〜バブルが弾けても尚浸透し続ける様相が、その証拠?!
今や、フランス人をうならせるワインを生み出したり、フランス人と一緒に生み出したり・・・(!)、そして、日本の料理と共に、日本人の味覚が世界的に高評価を博しているのだから。

そう♪ 湿度の高い日本に暮らす日本人は、微生物と付き合うのは得意なはずなのよ。
だからもう、「抗菌」なんて言葉は捨てて、菌と共存の道を歩みましょう♪


おっと、今日はそんな話ではないのだ。腸活談でも薬膳でもなく、目から鱗のワイン談のつもりなのです。

・・・というのも、『ワインという物語』の著者でもある大岡玲先生ご夫妻とヴァン・ナチュールのワインを呑んで、とっても楽しい時間を過ごしたから。


この本は、ヨーロッパの古典本をワインで紐解く・・・という、なんとも敷居の高そうなことを、「旨い、旨い!」とワインを呑み、酔っ払いながら、まるでつまみのように語っている、なんとも愉快な本なのです。

実はコレ、2000年に出版された本の再版で、田崎真也氏監修の『WINE LIFE』に1999年に連載された「文学なんて、ワインでわかる」をまとめたもの。

この頃、私と言えば、折々にワインセミナーや試飲会にも参加したりして、ソムリエの解説を聞きながら、手の届くグラン・ヴァン(=しばしば高価で長期熟成型の、ブランド力のあるワインを指す言葉)にお小遣いをつぎ込んでいたっけ。(5千円のワインが「安い!」と感じたとき、ああ、これはヤバイ!と、足を洗いましたけど・苦笑)
ワインを選ぶときに参考にする解説文には、「パーカーポイント○○点」とか、「黒スグリ」「なめし革」「リコリス」「麝香」「ブーケ」etc...ソムリエの教科書にあるような形容は、どれも自分の語彙には無いものばかり。思えば、感覚を解説の方に歩み寄らせるような、そんな試飲も多かったように思います。

事前にインプットした情報をちょっとばかりの経験で肉付けし、解ったような気持ちになる。何でも手軽に学べる便利な時代の実体は、そんなところかもしれません。

学びの後に「問い」がなければ「学問した」とは言えないのでは?
ちょっとばかりの経験をしながらも「何故?」「どうして?」「ホントに!??」と、問いと自分なりに出した答えを重ね塗りしていくことが、本当の意味での理解へのプロセスなのではないでしょうか。

21世紀を前に、すでにこんな風にワインを楽しんでいた大岡玲先生と故・勝山晋作氏は、非凡な方々であることは、疑いの余地もありません。

さて、そのワインとは・・・

  古代ローマ人が飲んだであろう味わいだったり…

  聖戦で飲まれたであろう酸っぱいワインもあったり…

  お漬けものを彷彿とさせる味と香りがするものまであったり…!!

  先生の言葉をお借りするなら、「ただれたワイン」。

あんまり褒め言葉になっていないような響きだけど、癖になる味〜〜〜。


うんちくよりも、体で感じて、心を旅立たせるような、そんな味わい方で挑むと、こんなところにもたどり着けたりするのですね。
ワインは異文化故に、なかなか勇気が要るアプローチかもしれませんが、行き着く先は、案外身近なところだったりします。

私も、その「ただれたワイン」とやらを、晴れて実物と結びつけることができ、膝を叩いた次第です。


お二人の愉快なワイン談と、大岡先生の膨大な読書歴に基づく「ワイン万事塞翁が馬」物語。
お二人は、ローマ神話のワインの神バッコス(Bacchus)の使いに違いないw!








※故・勝山晋作氏がオーナーを務めた楽記は、2019年6月22日を以て閉店となりました。