2016年5月31日火曜日

アヴィニョンの橋の上で・・・♪  





Sur le pont d'Avignon

アヴィニョンの橋の上で 踊ろう 踊ろう

アヴィニョンの橋の上で 踊ろう 輪になって

・・・

古いフランス民謡。
アヴィニョンの橋とは、ローヌ河に掛かるサン・ベネゼ橋のこと。12世紀頃作られた橋だそうだから、この民謡はそれより後にできたということになるでしょうか。

10年ぐらい前ですが、訪れてみたら、とても輪になって踊れるような広い橋ではなかった(笑)。一節には、元々の歌詞は「橋の下で」だったとも??


アヴィニョンで衝動買いしたお皿とカップには、そんな歌をイメージしてか、中世の洋装(?)で踊る女の人の絵が。深緑とエンジ、ベージュの色調に、南仏らしいエキゾチック感が漂う。

その数年後、偶然にも今は無き敬愛するHさんのお宅で、同じシリーズのデミダスを見つけました。「記念にコレクションのデミダスカップからどれかひとつをあげましょう」というので、この図柄のものをおねだりしたのだけれど、Hさん「あ・・コレ実は思い入れがあるの」とかで、頂けず。しかしながら、同じシリーズを衝動買いしていたことに大いに盛り上がり、旅の思い出に話が弾んだのでした。

フラットな土地をゆったりと流れるローヌ河と周囲の緑は、昔のままではと錯覚させられるようなのんびりとした空気感だった・・その中をドライブした・・・等々。

この図柄とHさんと南仏の記憶。
南仏のお菓子にも惹かれる理由(わけ)かもしれません。



2016年5月29日日曜日

ぐり茶  玉緑茶


写真1:嬉野玉緑茶(佐賀)

写真2:グリ茶(熊本)


ちょっと遅ればせながら、今年のお茶を買いました。
ここ数年、恒例となっているのが「釜炒り玉緑茶」。

茶葉を蒸さずに釜で炒り、さらに茶葉を揉んで整える行程(製揉)なしで作られるので、くりっと丸まった自然な形に。その形からぐり茶と、愛称めいた呼び方もあるそうな。
釜炒りの、ほのかな香ばしさ、製揉しないことで押さえられた渋み。
この時期の新茶でいただくのが一番な気がして、毎年新茶はコレをいただいています。

中国から伝わった製法の「炒る」という行程が九州に根強くのこっているのは興味深いことです。
世界で最初に飲まれた日本のお茶。
なんと戦前はソヴィエトに輸出していたというから驚きです。1991年、ソヴィエトが崩壊して二十数年、今再び世界的な日本食ブームもあってか今までになく関心が高まっているのだとか。どんな飲まれ方をしているのかと想像すると、ちょっとヒヤヒヤしてきますが(苦笑)。
ロシアのお茶文化に言及した書物はなかなか無いのですが・・・この絵画は、20世紀初頭、ロシア商人のご夫人がお茶を飲んでいるところ。
『商人の妻』/ポリス・クストーディエフ(1918年)---『TEA  EAST AND WEST』より
向かって左のサモワールも気になりますが、何と言ってもカップではなくサーバー(お皿)側で飲んでいるのが印象的(!)。決して、このご婦人が猫舌だったという訳でも、右の猫にお茶を飲ませようとしているわけでもなく、こういう呑まれ方をしていた時期が(イギリスの片田舎にも!)あったのでした。 

ロシアンティーといえば、ジャムを入れる飲み方で有名ですが、一般に、お茶は甘くして飲むのが主流なんだとか。モンゴル等の影響か一部バターやミルクを加えてスープ的にバター茶にする飲み方もあるとか。(ロシアには陸路でお茶が入ってきたのが最初です。)
ロシアンティー今昔物語にはちょっと度肝を抜かれました。
外来品は、時としてとんでもない形で使われていたりするのでビックリですが、その地域の生活文化や民族的な感受性が滲み出ていて面白くもあります。

こんなロシアのお茶文化を見ると、日本は中国から伝わったお茶を、かくも上手に自分のスタイルに変えたものだと感心します。
日本のオリジナリティーを兼ね備えた新しいお茶が、再び世界へ広がっているかと思うと、なんだか感無量。食文化としての枠を越え、アートの域へと変わったお茶文化の美意識も、併せて知ってもらえるといいな。


さて、今年は熊本支援の気持ちも込めて、熊本のぐり茶【写真2】も一緒に購入。
双方とも、香ばしいきな粉や気取らない豆菓子といただくのにぴったり。
大きめのお湯のみで、縁側でずずずーーっと啜りたいお茶。
縁側も、炒り豆もないので、川通餅などつまんでいただきましょ。





2016年5月27日金曜日

ブーダン



Boudin  :

「ブーダンとは、本来、豚の血と脂肪を豚の腸に詰めた腸詰め。
黒ブーダン(Boudin Noir)は、豚の血と背脂の賽の目切り、玉葱のみじん切りを塩コショウ、生クリーム、香辛料とで十分に混ぜ合わせ、ポシェしたもので、黒い色をしている。
白ブーダンは、仔牛、鶏、兎、豚肉などのような白身の肉、豚脂に、バター、生クリーム、牛乳、卵などを加えてすり身にしたものを腸詰めしたものであり、血が入っていないので白い色をしている。
フランスでは、ナンシー(Nahcy), ストラスブール(Strasboug)、リヨン(Lyon)、パリ、 オーベルニュ (Auveregne)地方、ノルマンディー(Normandie)地方などをはじめとして、色々なところで独特のおいしいブーダンがつくられ、それを活かしたブーダン料理、ブーダン風料理がある。《後略》 」 -----------「仏和料理事典」より。


豚の血のソーセージなんて、日本人にはかなりハードルの高そうな代物ですが、案外美味しくいただける一品。もちろん、レバー料理と一緒で、調理によって美味しいのと美味しくないものの格差も激しいので要注意。私は運良くブーダン初体験がとても美味しかったので、つい見かけたら買ってしまいます。(好き嫌いって、ちょっとした初体験の味できまったりするんですよね。)

「一物全体」という言葉があります。「食材は、なるべく全体を頂きましょう」ということで、例えばお魚の場合、身を食べ、皮も食べ、頭や骨(種類によっては皮)等の食べられないところも煮出して出汁をとりお吸い物にすることでその栄養価を享受できる=全てをいただいたことになるのでそうしましょう、という教え。健康の為にも、食べものを大切につかう為にも有効なことを、4文字で表現できるなんて、漢字文化圏に生まれてよかった。

無駄にしない食べ方、欧米人だって、これをちゃんとやっているではないか。四つ足バージョンになるとちょっとグロい印象になるかもしれないけれど、エッセンスは同じこと。肉文化と魚文化の違いにすぎない。

このブーダンやパテも、考えようによっては「あら炊き」みたいなもの。スパイスやハーブを上手に使って、素晴らしいお料理に仕上げていて、フランスの食文化の奥行きにただただ感服するばかりです。


さて、所変わってアメリカで、スクラップルというお肉の加工品を食べたことがあります。ホルモンや皮などのクセのある部位を細かくして塩コショウ味とスパイスで臭みを消し、ミートローフのように固めたものでしたが、脂っこいながら、意外とイケました。
おフランスのパテとは異なり、まさにお肉クズの「スクラップ」的料理。
コレ、昔は奴隷労働の黒人たちの食べものだったらしい。こういった部位は、白人の食卓の「お下がり食」だった訳ですね。キモや豆などを美味しく食べる工夫は、アメリカ南部の巧みなスパイス遣いのお料理たちに幾何かの影響があったかも知れません。



2016年5月22日日曜日

トゥルト・ピレネー

Tourte Pyrénées

こちらはフランス南部のお菓子、トゥルト・ピレネー。

パスティス風味でコックリとした食感の焼き菓子です。
「パスティス」は、アニス風味のリキュールで、南仏では食前酒として人気のお酒です。(・・が、大変強いお酒なので、日本人には食後が好ましいかと・・・(^^;)。)

1915年にヨーロッパで製造・販売・流通が禁止されたアブサン(absinthe)というリキュールが中毒性があるとして禁止になり、その代替品として登場したのがパスティス。

レオナルド・ディカプリオ出演の映画『Total Eclipse / 太陽と月に背いて』(1995)では、アブサンにおぼれる詩人が彼の役どころでした。
フランス産業革命の後のナポレオン3世(在位1852-1870)の頃が映画の時代背景でしたから、まだアブサンが禁止されていない頃。パリの街も丁度大胆な区画整理がなされた直後。民衆には、強制立ち退き等で、ある意味過酷だった時代の話。童顔のデカプリオが目の下にクマをつくって、場末の酒場で緑色のアブサンで乾杯するシーンだけは、印象に残っていて「アブサンてこわ〜い」と、インプットされておりました。

アブサンとは、18世紀にフランスの医師ピエール・オルディネールがスイスで開発したニガヨモギを主成分とした薬酒で、薬理効果としては、抗炎症作用、解熱作用、鎮痛作用。アルコールもウォッカ並(!)。後にアニスや香草類複数で風味付けされ製品化されました。

ニガヨモギは、食欲増進作用があるとされたり、船酔いに効果があるとされていたり、その他リウマチ、ペスト、コレラ、駆虫薬等々、ヨーロッパ各地でずっと薬草とみなされてきた珍しくない草らしいのですが、香味成分のツヨンが幻覚や妄想、精神攪乱など向精神作用を引き起こし中毒性があるのです。なんだか今どきのハーブ系麻薬ドラッグみたい。
現在では、WHOが中毒に影響しない数値を出してアブサンの製造は復活しているようですが、このアブサンの代替品として生まれたのが「パスティス」という訳なのです。

禁止される以前は、ゴッホ、モネ、ロートレック、ピカソなど蒼々たる芸術家の感性を引き出してくれる妙薬でもあったようですが、破滅に導かれたアーティストも多々いたようで、そんなひとりが同時代を生きたデカプリオ扮する詩人のアルチュール・ランボー。

一方パスティスは、スターアニス(八角)、リコリス(甘草)、フェンネル(茴香)が香りの主成分。アブサンと類似の味と香りなんでしょうが、もちろん中毒性はアリマセン。なんだかウチでも仕込めそう(笑)。
中でも、アニスの主成分アネトールが1L当たり2g以上含まれるものは「パスティス・ド・マルセイユ」と呼ばれ、風味が高い製品としての位置づけがあるようです。
お菓子に使うなら「マルセイユ」が付いたパスティスが良さそう♪
世界中でベストセラーになったピーター・メイルの『プロバンスの12カ月』でも登場し、広く知られることになったローカル・リキュールなのでした。

実は私も昔、フランス出張の際、危険なアルコール度数とは知りながら、好奇心で会食時にオーダーしたことがあります。オーダーのとき「Realy??」と確認されたのを覚えています。水で割るとレモネードみたく白濁し、甘いのですが、ガツーンと強烈で・・・ワインが水の国民にとっての「食前酒」・・・私には頭痛酒でした。)))

すっかり脱線してしまいましたが、さて、このトゥルト・ピレネー。
パスティスの香りと、ぷつっ・・ぷつっ・・とアニスの粒が・・・。
パウンドケーキのような生地なのに、ピレネー山脈を思わせるインパクトのある形とパスティスの香りですっかり南仏のシロモノとなっております。

そういえば、オーボンビュータンの河田さん、おっしゃってました。
「そう名乗るからには、型もそうあるべき」。配合や型と共に、お菓子の名前があると。

この形と香りと共に、南ピレネーのイメージを膨らませてみよう。

港街マルセイユの喧噪を離れ、地酒のパスティス(アブサン?)を抱えてピレネーの友人を尋ね、一杯やる・・・なーんてね。あーら、ティータイムより酒盛りのシーンが浮かんでしまいました。

2016年5月21日土曜日

ナヴェット



モロッコのビスケット「コリシラット」(左)とマルセイユのお菓子「ナヴェット・ドゥ・ミディ」(右)

日本の洋菓子界の大御所と言われる河田シェフのお店、オーボンヴュータン(世田谷区・尾山台)で「ナヴェット(=小舟のこと)」というお菓子に出会いました【写真右】。
中世から東方およびアフリカ交易の要衝として栄えた大貿易港マルセイユのお菓子。
この形は小舟の姿なのだとか。
控え目な甘さをオレンジフラワー水とアニスの甘い香りが引き立てます。
シンプルな材料で気取りが無く、庶民派なのにエレガンスを醸す・・・そんなお菓子。

どこか懐かしい香りは・・・そう!モロッコで出会っていたせいでした(!)。
モロッコの歯固めビスケット「コリシラット」。こちらは胡麻が加わって、アラブらしい素朴さがプラスのお菓子。
文盲の子守りのお手伝いさんから作り方を教えてもらったけれど、「これくらい」「あれくらい」・・と、なにせ配合がアバウト(文盲だからメモが無く、全部勘でおぼえているのです。)何度も試作を重ねて記憶にある甘さと固さを再現したのがこちら【写真左】。
オレンジフラワー水は、香料として地中海のいろいろなお菓子に使われています。

ナヴェットは、風味はコリシラットとよく似ていますが、修道院と関わりがある(ミサの後の信者相手に売られていたとか)というところなど、いかにもフランスらしい。
なんびとも、美味しいお菓子で胃袋を捕まれ、心癒され、導かれてしまうのです。
お菓子は、人の本能と上手く寄り添いながら、何時の時代も至る所で宗教的活動に貢献しています。

洋菓子にはあまり執着が無かった私ですが、お菓子にまつわるエピソードにそそられ、河田シェフの一番分厚い本を買ってしまいました。フランス各地を隈無く巡り、古典を紐説き、お菓子作りに向われる河田さんの、誠実なお仕事ぶりが推察できます。
中国料理の本同様に、料理本を歴史書のように読み解く楽しみが湧く一冊です。

ところで、ナヴェット・ドゥ・ミディの「ミディ」は、"南"を指すのか"午後"を指すのか??
南仏のナヴェットさんなのか、午後のおやつのナヴェットさんなのか???

今度お店に行ったら、尋ねてみよう。



2016年5月16日月曜日

6月の健美膳

基礎会 Vol.2  陰陽五行の深読み & 診断学

自分で自分や家族の変化にいち早く気が付けるよう、チェックポイントを学びましょう。
シンプル&滋味な甜点心と季節の中国茶と共に・・・。


 ● 馬拉糕 〜小麦粉の蒸しケーキ
 ● 紅豆鬆糕 〜米粉のケーキ
 ● 台湾のお茶 2種

2016年 6月4日(土)、5日(日)13:30 ~ 16:00


2016年5月13日金曜日

ちまき・あくまき



5月のNHKカルチャーでは、春の山菜と端午の節句の粽、それからお酢を切り口に、ウスターソースを使ってのドレッシングをご紹介。タレやソースを自分で作って見ると、いろんな発見があります。

灰汁巻は、鹿児島版ちまき。江南の食文化を彷彿とさせる一品です。
台湾烏龍茶と共にご賞味を♪
NHK教室では、料理性のあるものをご紹介するのが難しいところが多々ありますが、バリエーションが広がる発想の切り口をご紹介して参ります。
お・た・の・し・み・に。


2016年5月9日月曜日

集いの料理

photo by Akiko Shigetake


5月の教室より。
美味しそうに撮れていると、UPしたくなります。
 お写真、ご提供アリガトウ〜!!





2016年5月2日月曜日

合鴨の卵





昨日、千代田町に『伝統を創る----能と神楽の出会い』を観に出かけました。
全国的にも有名な芸北の神楽、米処ならではの文化的芸能です。この辺では、神楽の舞台に立つのはちょっとした地元のヒーローなんだとか。この度は、琴庄神楽団、中川戸神楽団、大塚神楽団が出演で、出演者は皆頼もしい若人たち、なんだか誇らしげです。

今回の醍醐味は、お能との対比。
戦後の占領下で、神楽は、GHQの検閲対象になっていたのだとか(!)。
天皇を神と称え戦った日本人の「神事」である神楽は、危険視されたという事のようで、一時的に、神楽の題材を、お能から取り入れて演じていた時期があったのだそうです。
そんな演目を、お能と神楽の両方で観る貴重な機会ということでもありました。

舞台芸術は、衣食住に並んで時代と風土を反映するメディアだとしみじみ思います。
時代は激変した・・・! とはいえ、能や神楽に歓喜する沢山の観客を観ていると「いや、実は本質的にはそんなに激変してないゾ」なんて思えてきます。遺伝子に組み込まれた何かが静かに息づいているような、そんな感覚を覚えるひとときでした。

さて、車でのプチ・お出かけのもう一つの楽しみは、道の駅巡り。
中国地方は、山あり、海あり、島ありで、地域物産の探訪には尽きないところ。ドライブでは寄り道三昧になりますが、今回は神楽5時間(!)なので、高速をひとっ走り。
幸いインターを降りて直ぐのところが道の駅。短時間ながらしかと物色してきた次第。

合鴨の卵(写真)を見つけました。
注意書きに「濃いので 生食はくれぐれも避けて下さい」とある。

濃いので??

・・・ま、それは置いといて、皮蛋(ピータン)になれるくらいですから、濃いのです。
皮蛋は、豊富な油分を含んだ卵黄でないと美味しく出来ないのだそうで「最近烏骨鶏でつくられたピータンがあるけれどまだまだ・・・!」とは、中国料理のシェフの感想ですが、濃い=油分が多いということでしょうか。

これは、お菓子に向いてそうではありませんか!?

エッグタルトやカスタードクリームを作れるほど沢山無いので、まずはささやかに、ホットケーキにして頂きました。

日本のホットケーキ(パンケーキ)は、明治に始まる・・という話は、以前ブログに書いたので、端折りまする。

ちょっとスペシャルな素材で作ると、ホットケーキもなんだかご馳走に思えてきます。
素材を変えるだけでご馳走になれるのは、シンプルなお料理の特権。
ホットケーキは、ミックスが無くても簡単に作れるので、皆さん、是非ちょっとスペシャルな素材で美味しく作ってみて下さい。



  ◆材料(3〜4枚分):
    薄力粉  100g
    ベーキングパウダー  小さじ1強
    卵LL玉  1ヶ(または卵黄2ケ分プラス卵白1ヶ分)
    牛乳  80cc 
    粗糖(又はブラウンシュガー) 大さじ3
    塩  ふたつまみ
    バニラオイル  数滴
    溶かしバター(私は入れませんが、好みで小さじ2ぐらい)



* * * * * *

子供の頃、大正生まれの祖母がガンバッテ作ってくれたホットケーキ。
思えば、竃で煮炊きしてきた祖母〜母世代には、フライパンも、オーブンも、全く新しい世界だったはず。便利になったとはいえ、新しいモノに順応していくのにものすごくエネルギーを要したに違いない。
家庭で伝承されていた料理も、また料理教室で学ぶものへと変化し・・・料理関係のいろいろな職業が生まれたのですね。

食環境をキッチンから考察すると、またひと味ちがった女性史が見えてきます。