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2023年11月12日日曜日

『ロスト・キング 〜500年越しの運命〜』



 「ロスト・キング 〜500年越しの運命〜」(於・サロンシネマ)を観てきました。

キング”とは、リチャード三世のこと。イングランド王位継承を巡る内紛 薔薇戦争の渦中の人。そしてプランタジネット朝(ヨーク家)最後の王。

後世のシェイクスピアの戯曲で悪役に仕立てられたものだから、長い間すっかり嫌われ者の王となっていたのでした。

悪人のイメージは、二人の王子(甥)をロンドン塔に幽閉し密かに殺害したのでは?との疑惑があること、そしてシェイクスピアによる設定「せむしの醜男」により、体だけでなくコンプレックスによる性格の歪みがあるとされているから。(1674年には、塔内で、王子たちと思われる二人の子供の頭蓋骨が発見され、何者かによる殺害の事実は明かされている。)


描かれた時代はかなり下るけれど、ミレイとドラローシュの絵画はあまりにも有名。中野京子さんの著書『名画の謎』の表紙になるほど。

【塔の中の王子たち】(ジョン・エヴァレット・ミレイ作)
書かれたのは1878年。
少年たちがロンドン塔に幽閉されたのは1483年。


【幼きイングランド王エドワード5世とその弟ヨーク公リチャード】(1830年) 
作者ポール・ドラローシュ(ルーブル美術館蔵)



ちなみに、シェイクスピアは、1564年生まれ。

エリザベス1世(1533-1603/在位1558~63)が、織田信長と1つ違いなら、シェイクスピアは、もろ豊臣秀吉と重なる。(重ねる意味は特にないんですがw)エリザベス1世の治政後、イギリスは、革命で王が処刑されるような時代に突入しているのでした。日本は戦国時代。

シェイクスピアが「リチャード三世」の戯曲を書いたのは、実際のリチャード3世没後100年の1592年。

日本では秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)の頃。1680年には『リア王』が。黒澤明監督がこれをモチーフに『乱』を製作したことは有名。

別に戦国時代だから・・ではなく、シェイクスピアの物語の普遍的テーマ性にこそその理由はあったのでしょうが、なんだかつい重ねてしまいたくなります。


映画は、歴史好きの主婦フィリッパ・ラングレーさんが2012年にリチャード三世の墓を見つけた(!)という事実に基づくもの。

フィリッパ・ラングレーさんの独自リサーチで浮かび上がるリチャード三世は、真っ当な政治を行おうとする心優しき王でした。お墓の発掘は、そのイメージを以て突き進んだ彼女の信念でした。

2009年には、イギリスの歴史作家フィリッパ・グレゴリーが『ホワイトクイーン』を書き、ベストセラーに。これは2013年にBBCでドラマ化されましたが、その中でも、リチャード三世は、フィリッパ・ラングレーさんのイメージに近いものでした。

この二人のフィリッパが、リチャード三世の名誉回復に大いに寄与したとも言える??!

勝者によって造られている歴史。

世界でも日本でも。

リスキリング」と盛んに言われる昨今、歴史は万事のそもそも論、学びの一丁目一番地。

常にUP−DATEが大切だなとしみじみ思う次第。



PS:映画によれば、リチャード3世は「疑わしきは罰せず」の原則を取り入れたり、印刷技術のを推奨したりと、実はかなりの名君だったようです。





2022年9月26日月曜日

王冠 の宝石

 大英帝国王冠  The Imperial State Crown


イギリス版、三種の神器のひとつ。
王冠に填め込まれた宝石の数々は、贈答品であり戦利品。
王冠は、大英帝国の栄華の象徴。そして、歴史絵巻。

英王室所有の宝石には、元植民地からの返還要求もあるのだそうで。

11世紀、エドワード懺悔王ウェストミンスター寺院を建てた王!)が所有していたサファイアとか・・・
14世紀、英仏百年戦争の渦中、カスティーリャ王(現スペイン)ペドロ1世からエドワード黒太子(1330年 -76)に贈られたルビーとか・・・
16世紀、教皇クレメンス7世(あの、ヘンリー8世を破門した教皇!)がカトリーヌ・ド・メディシス結婚の祝いに贈った真珠とか・・・
20世紀初頭、当時植民地だった南アフリカで発見された世界最大のダイヤとか・・・
19~20世紀、インドシーク王国やムガール帝国)のマハラジャたちの宝石も?!

重さ、910g もあるんだそう(!)。

ドキュメンタリー映画『エリザベス 女王陛下の微笑み』(八丁座で上映中)でも「My neck will break…!/ 首が折れそうなの 」…と。
あれはジョークではないな。

王冠の重みもさることながら、歴史の重みもズシリと女王の頭上に圧し掛かったことでしょう。


写真は、昔メトロポリタン美術館で購入した図録より。
宝石を産する国のふんだんな宝石使いにのけぞってしまう。
ストーン・パワーともいいますが・・・
こんな豪華なものを身に纏うには、纏う側にも石に負けない気力・体力・気迫…等々相当なエネルギーが必要でしょうね。。。

石のパワーに助けられるのか、石と張り合うのか??

特に大柄なものは、マハラジャたちのターバン装飾に使われていた様子。
このすさまじく豪華な宝石に負けることなく堂々足る佇まい。
良くお似合いだこと。



















2012年3月24日土曜日

London- Borough Market -2

・・・ホンモノです。

こんな感じで通りを挟んで連なっています。

           
TURNIPS【www.turnipsboroughmarket.com/】という八百屋さんで働くこの方は、オペラ歌手!?
レジが一息ついたら、ゆったりと作業しながらイタリア歌曲を披露してくれました。
人々の買い物の手が止まり、しばしうっとり・・・・。

屋外にも沢山出店アリ。けっこう有名店ばかりです。


お昼どき・・・やっぱり人気のランチは、こんなものや、あんなもの。

                
シシカバブ入りのピタパンサンド 

           
スパイシーなソーセージとパプリカ、どっさりワイルドルッコラのサンド
(ココも行列ができていました・・・)
スパニッシュオムレツのお総菜も・・・)))

食べ物が溢れているところに居ると、なんだか幸せ気分・・・・))))。




2012年3月23日金曜日

London- Borough Market


今年はロンドンオリンピックの年。
メディアでも、少しずつオリンピックを控えたロンドンの様子が紹介されるようになり、ふと旧HPの市場巡りコーナーにUPしそびれたままになっていた下町イーストロンドンにあるボロウマーケット(バラマーケット)の写真のことを思い出しました。
少々乱雑ですが、写真UPしちゃいます。
市場を見れば、分かります・・・実は、美味しいロンドン!

* * * * *

ボロウマーケットは、ロンドンブリッジを渡ってロンドンブリッジ駅のガード下を西につたって少し行った所にあります。
13世紀からある市場らしいのですが、19世紀に入って鉄道が敷かれて以降、イギリス全土の食材が集まるようになり、より一層賑やかで豊富な市場になったそうです。
ビクトリア朝時代の趣が残りますが、わかりますでしょうか。
6年前のこの時期には開発の予定地になっていて、数年後にリニューアルされる・・・と聞きましたが、あれからどうなっているか、気になります。

その内オリンピック関連でテレビなどで紹介される機会があるかもしれません。スナップ写真なので、わかりずらいかもしれませんが、Before & After が偶然見られたら嬉しいな♪

実はこれらの写真は、2005年7月のもの。ロンドン多発テロのあった翌日のものです。


Before !?



まずはド迫力の生バター!
"フレンチソースの3つの秘訣は・・・ バター,  バター, バター!" 
とは、フランス映画『マーサの幸せレシピ』のセリフ。
フランス料理におけるバターの存在感を象徴しています。
イギリスなら、トースト、トースト、トースト かしらん??

薄くてカリカリのトーストにバターをたっぷり塗って食べるイメージが浮かびます。

お次はミート、ミート、ミート!
すっかり有名になったロンドンの若手料理人ジェイミー・オリバーが、番組でよく訪れていたお肉屋さん、ココです。(このおじさんに見覚えあり!)
オーガニック・チキンを扱っています。

海の幸も豊富です♪
このオジサンの格好、イギリス人らしいジョークでしょうか??

"Herbs from  heaven, Spices from hell..."  「天国のハーブと地獄のスパイス」とはまた・・・これもジョーク好きのイギリス人らしい(笑)。
そして何処か魔女の様な雰囲気のこの女性が、あれこれいろいろ説明してくれるのでした。
ココで買った種は、発芽率がとってもよかった・・・!)))。

            
レモンの塩漬けやドライライムなどの保存食も売られています。
このお店のオリーブは、ギリシャのものをメインにスペイン産、モロッコ産のものだそう。

2011年12月18日日曜日

静子・ヒューズさんのお話を聞く会

2011.12.17
イギリスの湖水地方に30年暮らす静子・ヒューズさんのお話を聞く会(主催)


テーマ:「ベアトリクス・ポターその人と生き方」
ベアトリクス・ポターってどんな人?
ピーター・ラビットはあまりにもよく知られています。でも、その作者は、どんな人生を送ったのでしょうか。彼女のポートレートを見たとき、俄然興味がわきました。童話や日記、手紙を読み進める内に、徐々に活動や人柄を知るようになり、そのスケールの大きな生き方に圧倒され、夢中になりました。皆さんの想像のお手伝いができますようにと、イメージを膨らませています。・・・・・静子・ヒューズ
<イベント案内より>


湖水地方といえば、「ピーターラビット」の故郷として知られるところ。日本では、’80年代キューピーマヨネーズのCMにピーターラビットのキャラクター使われ、現地を日本人観光客が押し寄せるという現象が始まったそうです。その頃、湖水地方に暮らし始めて間も無い静子・ヒューズさんは、現地の案内などに関わったこともあり「知らないでは済まされない」状況となり、ピーターラビットの作者ベアトリクス・ポターについて、独自にリサーチを始めたのだとか。
それがベアトリクス・ポターという人物に「俄然」引き込まれることに・・・。

ベアトリクス・ポター(1866~1943)は、ビクトリア朝時代中後期〜帝国主義へと向かう時代を生きた女性。
静子さんの視点は、ポターの写真、日記、手紙を読み解き、ポターに関わる人物と時代の相関にも及び、その洞察の深いこと(!)。

絵本などで私達の目にふれる部分はほんの氷山の一角であることを、改めて知らされました。静子さんのお話を伺って、私も「俄然」興味がわいてきました。

2010年湖水地方を訪問した時の風景写真(この辺ぜーんぶナショナルトラストの土地)

2005年7月10日日曜日

無事、ロンドンより帰国しました。


コメント、及び、私信にて、たくさんの方にご心配いただき、本当にありがとうございます。

この度ロンドンは、ストックホルムからのトランジットで2泊の滞在でしたが、テロにもかかわらず、8日午後、スケジュール通りに帰路につき、9日午後10時頃、帰宅しました。

あれほどの混乱があったにもかかわらず、こうして予定通り帰ってこられたのは、多くの方々の結束と、不眠不休の作業によるものと思います。 マンパワー、あっぱれ! です。

ストックホルム & ロンドン また後日レポートしたいと思います。

2005年7月8日金曜日

7月7日ロンドンダウンタウンより


本日、ロンドンでテロが発生しました。

ちょうど、最初の爆破があったリバプール駅付近のスピタルフィールズ・マーケットへ向かう予定でしたが、幸い無事でおりますことをお知らせ致します。

ロンドン中心街の西外れにある宿泊ホテルを出る時点(午前9時半)では地下鉄の一部が火事か何かで不通になっていることのみ、コンシェルジェから知らされ、道路の尋常でない渋滞を不審に思いながらもダブル・デッカー(二階建ての路線バス)に乗り込みました。

ところが、バスがビクトリア&アルバート博物館付近(ロンドン中心地付近)に差し掛かった辺りで、乗客全員が強制的に下車させられてしまいました。(10時半ごろ)

バス内で話しをしていた方が、たまたま自然史博物館(ビクトリア&アルバート博物館の隣)にお勤めの方で、ビクトリア&アルバート博物館の企画展が実に良いと薦められ、予定を急遽変更。当博物館に入館しましたが、正午頃、博物館が出入りを禁止し、展示室を全て締め始め、入場者はホールに集められ、そこで初めて爆弾テロのアナウンスを聞いた次第です。

(企画展を薦めて下さった方、お名前も分かりませんが、助けていただきました。この出会いがラッキーでした。感謝です。)

博物館側は、西、北側道路へは絶対でないことを条件に1時過ぎに出館可能になり、一旦、博物館を出ましたが、一部の商店が閉店したりと周囲の状況が不安定なので、博物館へ戻り、早められた閉館時間まで過ごしました。

4時頃、夕刊 Evening Standardを購入し、事態の大きさに驚き、急ぎ、ホテルに戻り、現在、BBCのニュースを見ているところです。

事件のど真ん中に居ると、情報が入らず、パニックを起こすか、淡々とした時を過ごすかどちらかのようですが、私は幸い、事件発生以降ずっと後者の環境で救われています。

先ほど、空港から私達の滞在しているホテルに着いた人たちに、空港の状況を訪ねたところ、ヒースロー空港のターミナル3がevacuatedということで、心配しましたが、先ほどネットで、14:00の時点で、通常通り運行しているということが確認出来ました。

明日は、空港の混雑が予想されるため、早めの移動をする予定です。

(写真:2005.7.7 12:36 ビクトリア&アルバート博物館内)