2017年3月21日火曜日

『ブルゴーニュで会いましょう』



 Premier Cru (仏題)

2014  フランス映画
監督・脚本:ジェローム・ル・メール
脚本:レミ・ブルザンソン
主演:ジャリル・レスペール(シャルリ・マレシャル役)
   ジェラール・ランヴァン(フランソワ・マレシャル役)
   アリス・タグリオーニ(ブランシュ・モービュンソン役)

http://bourgogne-movie.com

ワインを造り伝える人達のちょっと素敵な物語。

「テロワール」という言葉が好きです。
テロワールとは、気温、日照、標高、土壌などの自然条件が形造る葡萄畑の個性のことで、これらがワインに映し出されます。
多くのボルドーワインのようにブレンドしてしまったら、分からなくなってしまいますが、ブルゴーニュには、特定の葡萄品種、単一品種で造らなければならないことが定められているので、テロワールという言葉は、言わばブルゴーニュワインの代名詞であり、味わいそのものでもあるのです。

映画は、そんなワインのテロワールを嗅ぎわけるような利き酒のシーンから始まります。ワインのテイスティングは、ほとんどが香りを嗅ぐところで識別されてしまうのですが、それは臭覚が味覚と一体化してとらえられるからだといいます。
香道や中国茶芸で「匂いを聞く」ことを「聞香」というけれど、ワインの利き酒はまさに聞き酒。)))

「熟した革」「ドライポルチーニ」「スモーキー」「粘度がある」「石灰土壌のミネラル」「火打ち石」「腐葉土」「インパクト」・・・etc... ワイングラスに鼻を突っ込みながらワインの味わいを表現していく主人公。「ワインを描写する語彙を日本人は持っていない」と、どこかの評論が語っていましたが、それが正に風土から生まれた言葉故でしょう。
先祖代々その土地に暮らす人のDNAに組み込まれた感性には、どう逆立ちしても叶わない何かがありますもの。
だから、ワインがテーマの映画には、さり気なくも味わい深い新鮮な言葉が沢山出てくるのです。
『モンドヴィーノ』(2004) では、醸造家の哲学が満載のグローバリゼーションへの提議がテーマでしたが、『ブルゴーニュで会いましょう』はワイン作りを守ることと家族、言わばDNAに組み込まれた"テロワール" についてのドラマ。

「(息子の罪について)父と伝統に背いた」
「伝統を捨てたら骨抜きになる」
「(ワイン造りに大切なことは)他のまねをしないこと、辛抱と忍耐」
「この土地で尊いことが二つある。ワインを造ることと、伝えること」
「革命以来所有してきた畑」

あとはもう、名優たちの名演技がこれ以上ない言葉になっています。
あ、それからブルゴーニュでの完全ロケという絶対的オーラ。

伝統とは、土地との結びつきの強さがあってこそなのですね。


コート・ド・ニュイの風景の中に浮かぶシャトークロ・ヴージョ(Clos de Vougeot ) は、ちょっと懐かしい思い出の場所。
20世紀になってからワイン利き酒騎士団の所有となり、平たく言うと、ブルギニオン(ブルゴーニュ民)の公民館みたいな拠点にもなっている。イベントの仕事でディジョンに滞在したときの会食パーティーでは、中世の風情漂う石造りの空間があっという間にレストランになり息吹が吹き込まれ、騎士団の歌や踊りの演出が・・・♪ 思えばあれも、ブルゴーニュという土地の、どうしようも無くスゴイ説得力なのでした。

先の『モンドヴィーノ』で出てきた醸造家の言葉に、「ワインは、造る人に似るのよ」というのがありました。ドメーヌ・マレシャルのワイン、きっと主人公のように古くて新しくて強い意志を感じられるブルゴーニュらしさに溢れた魅力敵な味わいにちがいありません。

そんなワインをいただいて、自分を一喝したい今日この頃。
自らのDNAに眠るアイデンティティを目覚めさせてくれる美酒となるかもしれません。

※ちなみに、映画はドラマですが、マレシャルは実在している(クロード・マレシャル)けれど、父親から畑を譲り受けた訳でもなく奥様もブルギニオンではないらしいけど、ブルゴーニュらしいワインを生み出している作り手のひとりとか。


さいなら〜〜(淀川さん風に)


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