2019年3月1日金曜日

『グリーンブック』と フライドチキン

アカデミー賞受賞の『グリーンブック』が広島でも開幕になりました。
初日は、映画デーに重なって、相当な混雑でしたが、夕方の回にようやく席を得ることができまして、観てきました♪

よくある、人種差別をテーマにした映画の、良く出来た版かな〜と思って、あまり期待しすぎずに臨んだのですが・・・なかなか面白かった!

差別の激しい時代背景が二の次になる位、主人公の二人が魅力的で、友情物語と呼んでしまいたい(!)。ですが、この巡業ツアーが行われたのが1962年ということを思うと、とてもとても、差別の部分を後ろに置くことはできません。
何てったって、61年に、JFKが大統領就任('63年にはダラスで暗殺!)、マーティン・ルーサー・キング牧師の公民権運動でワシントンDCのパレード&歴史に残る名スピーチをしたのは'63年。その間の '62年、KKKによるリンチが繰り返されるような激しい頃です。
NYCから「ひとり公民権運動」のようなコンサートツアーを試みるシャーリーと、その用心棒を「生活の為に」引き受けちゃったイタリア系のトニー。
実はこの二人共、南部のすさまじさを、あまり解ってなかったんじゃないかい??とも思えるちゃう。

人種も生活も身に付けた教養も異なる二人。でも二人とも肝が据わっているし、ぶれない。
シャーリーは、英才教育を受けた教養人。トニーは、目の前のことをどう片づけたらいいか、いつも瞬時に判断できる地頭のよい智恵者。
トニーのような生命力のある人、カッコイイですね♪シャーリーも、黒人にもなりきれず白人でもないという孤独感を受けとめ、ストイックでありながら行動力と勇気を持っていてカッコイイ。

おっと、私の映画の感想などはこれくらいにして、本題の食のテーマに入りましょう。

 お題は「黒人の食べ物(ソウルフード)」。

映画で、黒人のソウルフード、ケンタッキーフライドチキンを食べたことが無いというシャーリーを、トニーが揶揄するシーンがあります。

KFCといえば、カーネル・サンダースのおじさん。あれ?白人じゃない?
ウィキでチェックしたら、ケンタッキー州にほど近いインディアナ州の生まれです。
KFCのチキンは黒人文化には直接関係ないのですが、フライドチキンのルーツには、大いに関係があるのでした。

黒人のソウルフード。それは、南部の大農園主が食べない部位を工夫して美味しく食べる智恵の結晶。モツ肉の煮込みなどはその代表で、フライドチキンも、最初は小さくて骨と皮だけで取り除かれる手羽先や首の部分を使った料理だったのです。フライにすると、軟骨部分なども食べられる上に腹持ちがよかったのです。
南部の農園主は白人です。その白人の日々の料理を作っていたのは黒人奴隷でした。
(この辺は、古くは長編ドラマ『ルーツ』や映画『風と共に去りぬ』などに出てくるシーンでもお馴染み。)ソウルフードは、ご主人の料理を作り、その残り(アラ)で、自分達の「まかない」をつくってきた中で生まれたものなのでした。

「チタリングス」と呼ばれる南部料理がありますが、豚のモツ煮で、これも同じくアラ料理です。
また、コーンブレッドなど、コーンを使ったものは、元々は黒人が、家畜の肥料のエサであるトウモロコシを潰して作ったのが始まりとか。
そんな品々が、南部の郷土料理となっていて、昔('80年代)、NYCのハーレムのレストランにもありました。(今もあるかな?)

それから、NYCのJazzスポットのメニューには、よくスペアリブがありましたが、これもきっと肉を削いだ後の骨に残っている肉を美味しく料理したことが始まりではと思います。

その他、先述のコーンでつくるお粥のような「グリッツ」(マッシュドポテトのように、ドロドロしたのを肉料理などの付け添えにしている)、「ハムホック」(豚足)、OXテールシチューなども、南部の郷土料理となっています。
「白人が食べない部位」という切り口でみると、なるほどそうかも知れないなと思えてくるでしょう?

あと、南部料理の補足として添えるなら、有名な「ガンボ」(オクラのスープ)。
あれは、オクラに臓物が入ります。
クロウフィッシュ(ザリガニ)料理も、キャットフィッシュ(ナマズ)も、南部料理ですが、白人の残り物に加えて、近くの川で採れる魚介を食べていたのがルーツだそう。
更には、アフリカン・アメリカンに加えてブラジルから連れてこられた奴隷もまた、ソウルフードの彩りに華を添えているようです。

私の教室で十八番の「瀬戸内ワタリガニのケイジャン*スタイル」は、黒人の多いフィラデルフィアで好きだったCrab Houseの復刻版。あれも元は、ザリガニ料理だったかも!
もっと言えば、一世を風靡したキハチさんの(かつては無国籍料理としてもてはやされましたっけ)ロブスター料理も、ルーツは南部のザリガニ料理では?と思います。
川魚特有の泥臭さをスパイスでカバーして美味しく食べられるように工夫してあるのでした。

80年代のフィラデルフィアで知ったもう一つのソウルフードに、商品名は忘れましたが「スクラップルス」(そのものズバリ、scraples とはクズ、切れ端、廃棄物の意)というのがありました。「クズ肉でできている黒人の食べ物なのよ」と聞かされ、一度だけ買って家で焼いてみたことがあります。モツ肉やバラ肉を小さく刻んで練って固めた脂っぽいパテみたいなものでしたが、カリカリに焼いて脂を出して食べたら、胡椒が利いてて結構美味しかったのを覚えています。

これまで、知らず知らずお世話になってきた美味しさには、色々なルーツがあります。「美味しいもの」というのは、素材のいいものから作られる正統な料理が王道であることは当然かもしれませんが、こういった人々の工夫で生まれる美味しさもまた一興。
でも、その負のルーツにもちゃんと目を向けておきたい。

さて、今晩のおかずは、フライドチキンのケイジャンスパイス掛けでもやりますか。


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