2013年4月27日土曜日

5月の健美膳


今月は、ほんのりと香りをプラスしたお料理と、体に優しいお肉の頂き方がテーマです。
春〜梅雨。 ふきのとうに芹、三つ葉、春牛蒡、クレソン、木の芽、柑橘いろいろ・・・香りのいいものが次々と登場し、季節の移ろいを、楽しませてくれます。そしてそれらは、この季節の健康維持にも一役買ってくれるありがた〜い代物。
神様が用意してくれた・・・!!
思わずそんな気持ちにすらなってしまいます。

香りに「ふほっ))」とする時間は気が巡るひとときですよ〜♪ 
いいサイクルがあなたにも、訪れますように)))。
      
             お料理内容
・筍の小料理
・ローズマリーポテト
・和仕立てのやさしいステーキ・海と山のもの添え
・小茴香ごはん
・プチデザート
・「母の日」」の工芸茶

今月のエッセンシャル食材:羅漢果 & 柑橘 

*料理内容は、材料の都合上等で一部変更になる場合があります。

    5/9(木), 5/11(土),  5/12(日)


2013年4月22日月曜日

蝙蝠(コウモリ)

吉兆のしるし、コウモリさんのモチーフが気になる今日この頃。
先週出会ったコウモリはこの2点。
茶壺

景徳鎮のお皿

2013年4月11日木曜日

ソルギ v.s.紅豆鬆糕 → ムシゲトック


料理教室の生徒さん作。
ヨモギや山梔子で着色したお米のケーキ(4月のテーマ)。

このお菓子、試食後の感想は「和菓子!」「お饅頭だ!」といった声が多数。
お米と小豆ですから〜〜〜〜(笑)。

シンプルな素材をバラエティーに楽しむ工夫の産物です。まだまだのりしろいっぱい・・・!


2013年4月10日水曜日

『食道楽』ー③

続編の中に「烏龍茶」という項目があり、興味津々!!
明治時代の烏龍茶の認識・・とは??
ひょっとしたら、中国がある意味身近だったかも知れない明治時代、ピン〜キリの中国茶ワールドは、どんな風に認識されていたのでしょう。

烏龍茶問答の書き出しにはこうあります。
「長崎で、支那人の家へお客に行くと、大層上等なお茶を出すが(中略)、支那人の茶に贅沢なことは日本人がとても想像に及ばん位(後略)」

「上等」の文字が度々並び、「1斤五十圓以上のものだった」「十圓以下のものが無い(中略)二十圓以上のものならば百圓ちかくまでも有る」などと、如何に高価であるかが語られています。
当時の50円は5万円以上の感覚だったようだから、600g-5万円!? 
確かにこれはスゴイ(!)。

烏龍茶は香りを楽しむお茶であることにもふれてあり、かなり真髄に近づいている気配が漂よってきました。

その高級な烏龍茶のお茶漬けで西洋料理を堪能した胃袋を癒やした・・というエピソードには、いやはやもう脱帽です。

ほんの3頁に、価格情報、飲み方、味わい、そして効能を、物語形式で盛り込むなんて、さらにそんな項目が何百もあるのですから、コレ、やっぱり大した本です。)))



2013年4月1日月曜日

『食道楽』ー②


数年前、ある方から譲り受けた『食道楽』全集(昭和3年版)。

連載分は1,2巻で、その後刊行された続編とその後の研究を増補したものが3,4,5巻となっています。
一部、白い手袋をして触らなくてはいけないほどポロポロの状態なので、1,2巻のところは2005年発行の岩波文庫の方で読みました。

3,4,5巻は、やさしく頁をめくり、“発掘” しなければ・・・。
いつも枕元で読書の時間を捻出している私には、なかなかハードルが高い作業になりそうです。
ちなみに、先の①の挿絵、昭和3年版では白黒です。のり付けのとじ目もパリパリ・・・。紙質も製本も、今となっては明治のものの方がずっと丈夫方で状態がいいのでありました。 <つづく>


2013年3月31日日曜日

『食道楽』ー①

牛込早稲田の大隈伯爵家の台所実写の図。
中央の黒いものは、英国より取り寄せられた“ストーブ(オーブン)” 。
ここでは毎日50人前以上の食事が用意されていたとか。




京都・半兵衛麩本店の2Fにある「お弁当箱博物館」で、恭しいお膳と一緒に展示されていた『食道楽』の本。これまた、恭しく木箱に入っています。
『食道楽』は、明治36年1月から『報知新聞』(読売新聞の前身)に連載され、大人気だった新聞小説。料理に関するうんちくから和洋中の様々な料理レシピ、ひいては栄養学、食育等の情報を盛り込んだ壮大な物語で、単行本になるとまた、空前の大ベストセラーとなった本。当時、良家のお嬢さんが嫁入り道具に持たされたりしたそうです。

こんな風に木箱に入れられていたのでしょうか。[写真上])))

第1巻の口絵[写真下]には、大隈伯爵家の台所の様子が描かれています。
この物語のヒロイン「お登和嬢」のモデルとなったのが、著者・村井弦斎の妻で大隈重信の親戚(母方の従兄弟の子)多嘉子夫人。料理上手で大隈家からも随分と便宜を図ってもらっていたようです。

今読んでもちっとも古くない料理の数々・・明治の上流階級が西洋文化をここまで取り込んでいたとは、驚きです。

物語の中で、主人公の大原(大腹)は、料理上手のお登和嬢にがっちり胃袋を捕まれていくのですが、これは、村井弦斎と多嘉子夫人にも通じるところが多々あったのでは???

<つづく>



2013年3月23日土曜日

バター茶

バター茶を頂く機会に恵まれました。

チベットの"お味噌汁"、バター茶。
・・・そう思っていただくと、なかなかどうして塩味のお茶も乙なモノです。
うす〜いコーンスープみたい。
こんなお茶が命の糧だったなんて、チベットの自然環境で生きることの厳しさを改めて感じさせます。

8世紀ごろからの中国と中央アジア〜チベットでの茶馬交易。
寒冷な高地での貴重なビタミン源として、100斤と馬1頭が交換されていたそうです。チベットに暮らす人にとってお茶は、嗜好品というよりも、貴重な植物性の栄養源。
だから、こんな飲み方になるんですね。)))





英国の本頁をめくると、立派なバター茶をつくる道具「ドンモ」の写真が載っていました。随分大型です。
この棒で筒の中をシュパシュパやって、お茶とミルクとお塩とバターを攪拌するのです。
カプチーノメーカーの器具にちょっと似ています。
昨今では、カプリ—ノ然り、電動のビーターでつくられるそうですが。



こちらは竹の筒でできたもの。簡素なバター茶メーカー「ドンモ」