綺麗なキツネ色の仕上がりではなく、素朴感たっぷりに、 焼き色を付けたバージョンの方が、私を含め皆の好みでした |
ポルトガルから伝わったエッグタルト。
伝わったのは・・・ポルトガル領になった16世紀のマカオ。
日本には、なぜエッグタルトではなくカステラ(正確にはパン・デ・ローという名)?
タルト生地を作りながら出した答えは、きっとマカオにはバター代わりになるラードがあったけど、日本では一般的ではなかったから。
バターを使ってより洋菓子らしく仕上がっているものも多いですが、ラードが醸し出す独特のサクサク感、私は結構好きなのデス。沖縄のちんすこうも、好きなお菓子のひとつ。
ポルトガル人がマカオで母国の味を求めたとしたら・・・卵と砂糖とラードで最も手軽につくれたお菓子。それがエッグタルトなんじゃないだろうか。
牛乳は、日本同様当時の中国では入手が難しかったから、牛乳を使わずに作れる餡。
インド洋を経由してマカオにやってくる道中、当然ポルトガル領のセイロン(スリランカ)に立ち寄っているでしょうが、その頃のセイロンは、まだ紅茶の産地ではなくコーヒーの木が・・・!エッグタルトのお供はコーヒーだったかも。
ここでは、中国文化圏としてのリスペクトを込めて、中国紅茶とセットで頂いてみました。
古の葡萄牙人、いかがですかな?
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