2006年12月1日金曜日

「何故日本人はフランス料理を選択したか」(1)

先日、料理研究家のFさんから、伺った面白い話。

政治家は、英国人
料理人は、中国人
エンジニアは、日本人
恋人は、イタリア人
銀行家は、スイス人

ーーーーーーーーがいいそうな。

反対に、最悪のパターンは・・・・というと、

政治家は、日本人
料理人は、イギリス人
エンジニアは、中国人
恋人は、スイス人
銀行家は、イタリア人

ーーーーーーーーなのだとか。

そんなお話を伺ってひと笑いしたところ。

NHKの『知るを楽しむ』という番組で「何故日本人は、フランス料理を選択したか」という話をしていた。

開国後不平等条約を結ばされ、欧米との国力の差を思い知らされた日本は、岩倉具視使節団を派遣し、欧米を研究。憲法はドイツ、産業はイギリスを手本にし、外交の為の料理には、フランス料理を・・・と、積極的に欧米の文化を取り入れた。

あれれ、さっきの話とはちょっと違うゾ。

当時の外交というのは、ヨーロッパの宮廷外交が主流で、そこで、フランス料理は欧米外交の基本だった。

そこで日本は、フランス料理を世界の最高のものと理解し、外交や正式な席にはフレンチを選んだのだそうだ。明治時代になると、天皇主催の晩餐会、午餐会は全てフレンチが出されるようになったという。

かつての献立記録が残されているが、千年にも及び獣肉をたべる習慣が無かった*にもかかわらず、早々たる本格的フレンチが並んでいる。(*天武天皇が、仏教の戒律に従い「殺生禁断の詔」を出して以降、脈々と受け継がれた感覚だった。)

江戸時代も5代将軍綱吉の「生類憐れみの令」で、そんな戒律に受け継がれたものが極端な形で現れたと見れなくもない。開国交渉の場でも、食料として牛を渡すように言ってきたペリーら一行に対し「牛は農耕に欠かせない大切な労働力だから」と、断固として"NO"といい続けた日本政府・・・・。

それが、一転して肉食解禁、肉食奨励という風潮になったというから、世の人々は、さぞや戸惑ったことだろう。

・・・と思いきや、たちまちブームになり、すき焼きや味噌鍋が一般でも食べられるようになったという。

大正時代には、女学校の家庭科の教科書に、カレーライスやトンカツ、コロッケなどの洋食が掲載されていたというから、なんとも日本人とは、節操がない民族だろう。いや、短期間の間に御飯にも合う料理にアレンジされて家庭の食卓に上るまでに浸透するのだから、器用で柔軟な民族というべきか。

それでも、バターが苦手な人など結構いたみたい。

「バタ臭い」の「バタ」は、オバタリアン、ドタバタ、アバタのバタかと思っていたら「バター臭い」から来ているらしいから、明治以降生まれた言葉ということか。)))

カステラは、"バタ臭さ" を排除して卵と砂糖、それにハチミツ、味醂だけで作られた、日本オリジナルのお菓子。バター好きもバター嫌いも、おそらく大好きなお菓子だろう。

今、JETROにより日本料理の規定を布こうとする動きが起こっているが、コレ、外国で生まれる「カステラ」的料理への批判にならないといいけどなあ)))。

外国人のお客さんには、是非カステラをお出しして、一興講じては、いかがでしょう。

<つづく>




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