2014年6月14日土曜日
今年の梅仕事 +α
右奥から時計まわりに、味噌漬け、生姜甘酢漬け、豆マリネ、カリカリ梅、ムッスィーヤ、酸梅湯、茶梅用下漬2、黒糖ラム漬け、茶梅用下漬1。
あと冷蔵庫に煮梅。
クエン酸は体によい!・・・ですが、こうやって作ってみると、お砂糖の量もなかなかのものです。
江戸時代(幕末)、日本人の砂糖消費量は年間1キロ程度だったとか。
現在18キロ/年を上回る。
自然界の有り様を考えれば、真っ当な量ではないですが・・・いやはや。)))
その分、大切に有り難く頂かなくてはいけませんねえ。
2014年6月4日水曜日
薬膳的 梅の楽しみ at NHK Culture
梅は中国や日本の生活文化には欠かせない食薬のひとつ。
うめ→烏梅(ウ~・メイ【中国語読み】)は、日本に最初に伝わった梅。
「烏梅(ウ・メイ/うばい」を切り口に、日本と中国のいろんな梅使いを紐解いて行こうというのが、今回の趣向です。
華南の梅ドリンクや茶梅、九州版の梅ジャム、煮梅、カリカリ梅等々、梅のバリエーションもいろいろご紹介します。
うめ→烏梅(ウ~・メイ【中国語読み】)は、日本に最初に伝わった梅。
「烏梅(ウ・メイ/うばい」を切り口に、日本と中国のいろんな梅使いを紐解いて行こうというのが、今回の趣向です。
華南の梅ドリンクや茶梅、九州版の梅ジャム、煮梅、カリカリ梅等々、梅のバリエーションもいろいろご紹介します。
2014年5月15日木曜日
けせん V.S. シナモン
鹿児島から「けせんの葉」が届きました。
けせんは肉桂、肉桂はシナモン・・・と思われていますが、実はびみょ〜に、いや、結構違います。
| シナモンの木:於・スリランカ |
ちょっと見えづらいかもしれませんが、シナモンは、葉っぱが丸っこく、香りも少し違います。シナモンと桂皮の香りが違うのは、土壌が違うせいでは??と、思っていましたが、スリランカでシナモンの木をみたとき、これは品種が違うな〜)))ということが実感できました。(茶樹のアッサム種と中国種もこんなかんじなのかな〜)
鹿児島では昔は梅の木とけせんの木は家の敷地内によく植えられていたそうで、伯母達はおやつにケセンの根っこをしゃぶった(かじった?)という話を懐かしそうにしていました。
このケセンの葉で艾の団子を挟むと「けせん団子」。
ちなみに、丸い山帰来の葉っぱで包む「かしわ餅」は、鹿児島では「かからん団子」。
なんでも、「かからん」というのは「触らないの」という意味とか。トゲがある植物ですから「危ないよ」みたいな呼ばれ方からきているらしいです。
お団子もつくりたいけど、ほほほ、まずはハーブティーにして頂きましょう♪
「けせん茶」いただきます♪
cf. 「柏餅」は本来かしわの葉を使いますが、四国や近畿圏以西では、
柏の木が自生していないので、山帰来の葉が代用されています。
山帰来(さんきらい)=サルトリイバラ
別名:土茯苓
性味/帰経:平・甘・淡/肝・胃
生薬としては、根茎を用い、清熱、解毒、袪風、または慢性の皮膚疾患、吹き出物などに用いられてきました。
昔、皮膚病になった人が山ごもりして山野草で薬草治療し、山から帰って来る=「山帰来」というところからこうよばれるとか。
cf. 「柏餅」は本来かしわの葉を使いますが、四国や近畿圏以西では、
柏の木が自生していないので、山帰来の葉が代用されています。
山帰来(さんきらい)=サルトリイバラ
別名:土茯苓
性味/帰経:平・甘・淡/肝・胃
生薬としては、根茎を用い、清熱、解毒、袪風、または慢性の皮膚疾患、吹き出物などに用いられてきました。
昔、皮膚病になった人が山ごもりして山野草で薬草治療し、山から帰って来る=「山帰来」というところからこうよばれるとか。
2014年5月14日水曜日
黒糖蒸しパン
こうくると、たかが蒸しパン、されど蒸しパン・・・でした(苦笑)。
蒸しパンには、ベーキングパウダーより重曹を多く使います。
そして、アルカリを中和するお酢を加え・・・)))。
シンプルな中にも結構調理科学が潜んでいるじゃありませんか!?
2014年5月13日火曜日
おかき
ふとしたきっかけで、閃いたおかき。
密かに某スパイス効かせています♪
何のスパイス?? Work-in-process 故、まだ秘密です。
知らないまま食べてもらって「な〜んだ?」とやるのが密かな楽しみなのです。
あー))) 揚げながら、かなりつまみ食いしてしまった・・・。
2014年5月10日土曜日
仏教と共に・・??
| 東洋文庫ミュージアム「仏教〜アジアをつなぐダイナミズム」にて |
この前まで『仏の履歴書』という番組(NHK Eテレ)を面白く見ました。
文化文明の伝播を見ると、日本が "far east" (極東)であることをしみじみ感じます。
大陸の文化や食薬も、このダイナミズムの流れの中で海を渡ってきたのです。
いや、徐福伝説*しかり、実は食文化の伝導の方が先だったでしょう。
恐るべし、人間業です。
仏陀の姿(イメージ)も教えが変化しながら伝わってきたように、食薬の教えも多くの人を介して渡ってきたのですから、いろいろな変化があったかもしれないなあ・・・なーんて、思いを馳せながら、東洋文庫ミュージアムの特集展示を閲覧しました。
*中国は秦の時代(2200年前)、 始皇帝の命により、不老不死の仙薬を求め、日本(縄文〜弥生時代)にやってきたとされる人物。司馬遷の『史記』(中国で最も古い歴史書)によると、秦に滅ぼされた斉の出身で、身分は方士、呪術、祈祷、医薬、占星術、天文学に通じた学者。徐福は、『平原広沢』得て、中国には戻らなかったとされており、その『平原広沢』が日本であり、日本にたどり着いた徐福は、農耕や製紙などの技術を伝え、発展の礎を築いたとも。実際徐福伝説は、日本全国各地に点在し、今も受け継がれている。伝説の人物という認識から史実の人物へと認識が変わり、今も研究が続けられている。
東洋文庫ミュージアム:http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/
2014年5月5日月曜日
はちまき・ちまき・あくまき
大きな釜が無くても・・・4時間という時間が無くても・・・作れました!
灰汁巻は、第二の故郷鹿児島の味。
この時期に食べずにいられようかぃ。
灰汁のアルカリで糯米が透き通るように変化します。黒糖きな粉でいただきます♪
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